雪の残り【66】


 

 他にも学園の生徒にもお友だちはいるけれど、この4人とは、この1か月強の様々な出来事を通じて、かけがえのない友人と呼び得る存在になったような気がしていた。

 

 そんな私が、創成学園高等部の校舎内で、純一君と若葉さんがたまたま出くわしたところに、さらにたまたま私が出くわしたのは、果たして偶然だったのか。私は嬉しくなって、小走りに駆けよった。

 

「……バスケ部に顔を出したのか?」

 

「うん。さすがにしばらくは練習には出られないしね。顧問の先生や友達と、少し話をしてきた」

 

「辛くはないか?」

 

「ううん。全然平気」

 

 制服姿の若葉さんがガッツポーズして見せる。しかし、その表情は、全快というにはまだ足りないという感じだった。

 

 そして純一君も、何だか浮かない表情をしている。

 

 私は、2人の様子に、何となくただならないものを覚えて、声をかけることができなかった。

 

 2人の話の内容は、やがて入院中の事に及んでいった。純一君は触れたくはなかっただろうけれど、確かめておかなければならないことでもあっただろう。

 

「名城が、17日にお見舞いに戻ってきたって聞いたけれど」

 

「らしいね。私は、あの時はまだ、意識が戻っていなくて顔を合わせられなかったけれど」

 若葉さんの表情にちょっと影が差した。

 

「大会の前日に、何時間もかけて私の見舞いに来たりするから、あんな結果になっちゃうのよ」

 

 あんな結果……。そんなに残念な結果だったのだろうか。そういえば、私はまだ、孝樹君の結果を聞いていないことを思い出した。

 

「それについては、藤崎が責任を感じる必要はないし、責任を感じたら名城にも失礼だと思うよ」

 

 若葉さんを慰めるように、純一君が言う。

 

「今回ばかりは嫌になっちゃうよ。昔も今も、私は孝ちゃんに迷惑かけてばっかり」

 

「いいんじゃないか? それで。誰に迷惑かけずに、誰の世話にもならずに、大人になれる人間なんかいないんだからさ」

 

「……それって、ただの開き直りだと思う……」

 

「かもな」

 

 純一君がそう言って少し笑う。

 

 若葉さんは苦笑して、

 

「何だかさ……。私って、ヤな女だよね。森上なら、多分、そう言ってくれると思って探していたんだよ。慰めてくれるだろう、って」

 

「名城は言ってくれないのか?」

 

「孝ちゃんは私には愚痴らないから、私の方からは愚痴り辛いんだよね」

 

 若葉さんは寂しそうだった。

 

「……愚痴ればいいんだよ。思いっきり、山ほど、さ」

 

 純一君は、そう言って窓枠に手を置いて、爽やかに澄み渡った雲ひとつない青空を見上げた。

 

「他人の受け売りで申し訳ないけれどさ。些細なことで悩んで、迷って、苦しんで、立ち止まって、振り返って……それができるのは、僕らの特権なわけじゃない」

 

 純一君は、若葉さんの方には視線を向けず、ただじっと窓の外に視点を合わせたままで言った。

 

「……だからさ。僕の事は気にしなくていいから」

 

「え……?」

 

「この間の話は……ノーゲームってことでいいから。藤崎がさ、誰かに遠慮したり、気持ちごまかしたりしないでさ……。ちゃんと、自分の気持ちを見つめて、自分が一番いいようにしてほしいんだ」

 

「森上……あんたって……」

 

 若葉さんは純一君から目を逸らした。若葉さんの薄くリップを塗った唇が数かに開いて、掠れるような声が漏れた。

 

「ゴメン……」

 

「それからさ……」

 

 純一君は、今度は若葉さんの方にしっかり向き直り言った。

 

「藤崎が誰のことを見てても、僕は、藤崎のことが好きだから」

 

 若葉さんが大きく大きく眼を見開いて、その瞳から、つつっと涙がこぼれた。

 

 慌てたようにハンカチも取り出さずに、むき出しの右腕で目元から頬を濡らした涙を拭った。それから、おそらく今の彼女にとっては精一杯だろう、それでも顔全体で笑うような印象的な笑顔を見せて言った。

 

「今度さ、ちゃんと教えてよ。私のどこが好きなのか」

 

*     *     *

 

「あんたって……」

 

 若葉さんが去って行ったので、私は純一君に声をかけ、足下にすり寄った。

 

「馬鹿だよな~?」

 

 私の呆れた声に、再び廊下の窓枠に両手をついて外を眺めながら純一君は答える。私は足元にいるから、純一君の表情は分からなかったけれど、何となく晴れ晴れとしているような口調に聞こえる。

 

 

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