他にも学園の生徒にもお友だちはいるけれど、この4人とは、この1か月強の様々な出来事を通じて、かけがえのない友人と呼び得る存在になったような気がしていた。
そんな私が、創成学園高等部の校舎内で、純一君と若葉さんがたまたま出くわしたところに、さらにたまたま私が出くわしたのは、果たして偶然だったのか。私は嬉しくなって、小走りに駆けよった。
「……バスケ部に顔を出したのか?」
「うん。さすがにしばらくは練習には出られないしね。顧問の先生や友達と、少し話をしてきた」
「辛くはないか?」
「ううん。全然平気」
制服姿の若葉さんがガッツポーズして見せる。しかし、その表情は、全快というにはまだ足りないという感じだった。
そして純一君も、何だか浮かない表情をしている。
私は、2人の様子に、何となくただならないものを覚えて、声をかけることができなかった。
2人の話の内容は、やがて入院中の事に及んでいった。純一君は触れたくはなかっただろうけれど、確かめておかなければならないことでもあっただろう。
「名城が、17日にお見舞いに戻ってきたって聞いたけれど」
「らしいね。私は、あの時はまだ、意識が戻っていなくて顔を合わせられなかったけれど」
若葉さんの表情にちょっと影が差した。
「大会の前日に、何時間もかけて私の見舞いに来たりするから、あんな結果になっちゃうのよ」
あんな結果……。そんなに残念な結果だったのだろうか。そういえば、私はまだ、孝樹君の結果を聞いていないことを思い出した。
「それについては、藤崎が責任を感じる必要はないし、責任を感じたら名城にも失礼だと思うよ」
若葉さんを慰めるように、純一君が言う。
「今回ばかりは嫌になっちゃうよ。昔も今も、私は孝ちゃんに迷惑かけてばっかり」
「いいんじゃないか? それで。誰に迷惑かけずに、誰の世話にもならずに、大人になれる人間なんかいないんだからさ」
「……それって、ただの開き直りだと思う……」
「かもな」
純一君がそう言って少し笑う。
若葉さんは苦笑して、
「何だかさ……。私って、ヤな女だよね。森上なら、多分、そう言ってくれると思って探していたんだよ。慰めてくれるだろう、って」
「名城は言ってくれないのか?」
「孝ちゃんは私には愚痴らないから、私の方からは愚痴り辛いんだよね」
若葉さんは寂しそうだった。
「……愚痴ればいいんだよ。思いっきり、山ほど、さ」
純一君は、そう言って窓枠に手を置いて、爽やかに澄み渡った雲ひとつない青空を見上げた。
「他人の受け売りで申し訳ないけれどさ。些細なことで悩んで、迷って、苦しんで、立ち止まって、振り返って……それができるのは、僕らの特権なわけじゃない」
純一君は、若葉さんの方には視線を向けず、ただじっと窓の外に視点を合わせたままで言った。
「……だからさ。僕の事は気にしなくていいから」
「え……?」
「この間の話は……ノーゲームってことでいいから。藤崎がさ、誰かに遠慮したり、気持ちごまかしたりしないでさ……。ちゃんと、自分の気持ちを見つめて、自分が一番いいようにしてほしいんだ」
「森上……あんたって……」
若葉さんは純一君から目を逸らした。若葉さんの薄くリップを塗った唇が数かに開いて、掠れるような声が漏れた。
「ゴメン……」
「それからさ……」
純一君は、今度は若葉さんの方にしっかり向き直り言った。
「藤崎が誰のことを見てても、僕は、藤崎のことが好きだから」
若葉さんが大きく大きく眼を見開いて、その瞳から、つつっと涙がこぼれた。
慌てたようにハンカチも取り出さずに、むき出しの右腕で目元から頬を濡らした涙を拭った。それから、おそらく今の彼女にとっては精一杯だろう、それでも顔全体で笑うような印象的な笑顔を見せて言った。
「今度さ、ちゃんと教えてよ。私のどこが好きなのか」
* * *
「あんたって……」
若葉さんが去って行ったので、私は純一君に声をかけ、足下にすり寄った。
「馬鹿だよな~?」
私の呆れた声に、再び廊下の窓枠に両手をついて外を眺めながら純一君は答える。私は足元にいるから、純一君の表情は分からなかったけれど、何となく晴れ晴れとしているような口調に聞こえる。
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『雪の残り』の感想