雪の残り【63】


 

「君は、そういう2人の間に割って入ろうとしているんだよ。名城君の方が頼りになるから、頼られているから、君は、それで諦めるなら、君が藤崎さんのことを好きだって想いは、結局その程度なのよ」

 

 何とも酷い言い草だと思ったのは、私だけだろうか? 好きな子が見ている相手が、自分の何倍も頼りになる優れた人だった時、好きだという気持ちだけでその人を振り向かせることができると思うのは、誤りなのだろうか?

 

 ……そうかもしれないなぁ、と考えてから、ようやく私は愛莉さんが言いたいことを理解したような気がした。もちろん、気がしただけで、彼女の真意を知る術はないのだけれど。

 

 愛莉さんは、純一君に、若葉さんの目が今でも孝樹君の方を向いていることを、まず認めなさい、ということを言いたいのではないだろうか。

 

 その考えが正しいのか正しくないのかは分からないけれど、2人はしばらくの間、沈黙した。

 

 その間にお互いが何を考えていたのかも分からないけれど、沈黙を破ったのも愛莉さんの方だった。

 

「少し、肌寒くなってきたね。まだ、8月半ばなのにさ」

 

「夏休みはまだ2週間あるけれど……夏も終わりに近づいているんだね」

 

 純一君が、何となく返事をした。それから夜空の星を見上げ、

 

「夏休みが終わって新学期が来て、そのうち3年になって、そのうち進学するか就職するか選択する時が来て……この先どうなるんだろう」

 

 と愚痴っぽく呟くのに重なって、かつかつかつと、足音が聞こえてきた。

 

「今はいくらでも悩みなさい。未来を憂いたり、希望を持ったり、些細なことで立ち止まったり、小さなことで迷ったり。いくらでも悩んだり、迷ったり、思考錯誤できるのは、若者の特権だよ」

 

「何を急に年寄りじみたことを言っているのよ」

 

「就職して、ルーチンワークばかりこなすようになると、そう思うようになるのよ」

 

 私は、急に愛莉さんが一人で会話し始めたと思ってびっくりした。よくよく考え、私って馬鹿、と呟く。ついさっきも同じことで驚いたばかりではないか。今の足音は、後からやってきた沙耶香さんのものだと気付いた時には、

 

「初めまして。愛莉の姉の沙耶香よ」

 

 沙耶香さんが純一君に自己紹介し、

 

「アンタが私と勘違いして色々話してくれた24歳、既婚、子供なしの、私の姉よ」

 

 愛莉さんは、なぜかやけに既婚のところを強調して紹介を引き継いだ。

 

「何よ、その紹介は」

 

 と苦笑する沙耶香さん。

 

「あ……その、はじめまして。森上純一です」

 

「うん。さっき、色々話したから初対面の気がしないね」

 

「色々……って何を話したのよ」

 

「え~と」

 

「ん~。内緒」

 

 冷たく問う愛莉さんに対し、いかにも何かありそうな返事をする2人。もっとも、機転が利かなくて言い淀んでしまった純一君に対し、沙耶香さんの「内緒」には愛莉さんをからかうような響きがある。

 

 愛莉さんに言ってあげたい。純一君には、あなたを陥れるほどのネタは持ち合わせていませんよ、と。もっとも、その前に潰されるのがオチだろうけれど。

 

「ところでさ、孝樹君には、連絡を取ったの?」

 

 これはどっちだろう? 愛莉さんの声かな? 沙耶香さんの声かな?

 

 愛莉さんは孝樹君のことを名城君と呼ぶので、沙耶香さんの方だろう。確かに以前、孝樹君は愛莉さんのお姉さんに頭が上がらないと言っていたような気がする。

 

「まだだよ。アイツに、連絡したほうがいいのかな……」

 

「連絡はしたほうが良いでしょ? 心配してるだろうし」

 

「そうだね……」

 

 何だか浮かない声で純一君は言った。それを聞いた愛莉さんが「まさか!」と声を上げた。

 

「まさか、名城君に“そのまま”伝えるつもりじゃないでしょうね?」

 

「そうするべきじゃないかと、思っている」

 

「馬鹿かあなたは! 名城君が泳ぐのは明後日なのよ! そんな時に余計な心配をかけてどうするのよ」

  

 間違ってないと思うけれど、その台詞をあなたが言うのか? ツッコミを入れたいのを堪えながら、しかし、私には純一君の真意も測りかねていた。孝樹君に若葉さんの状態をそのまま知らせたからといって、帰ってくるとは限らない。いや、帰ってこない公算の方が高い。

 

 

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