雪の残り【61】


 

「ん? 何?」

 

 私が入ったバスケットを抱えた愛莉さんが、カードタイプのケースに入った小さなタブレット(錠菓)を掌に載せて口の中に放り込んだ。ブルーベリーの甘い香りが私の鼻先にも漂ってきた。

 

「森上君ってさ……あんたの何?」

 

「あ~~」

 

 自動車の中から星の広がる天空を見上げて、

 

「ある意味で同志みたいなもん?」

 

 と答える。確かに、愛莉さんの目的と、純一君の目的は一致しているのかもしれない。しかし、だったら何なんだろう。今の疑問符は?

 

「何だか、最近は私ばっかり貧乏くじを引いているような気がするよ」

 

(それは違います、愛莉さん)

 

 と私は心の中だけで答えた。

 

(やっぱり、一番貧乏くじを引いているのは純一君なんですよ……)

 

*     *     *

 

  若葉さんは無事だったかろうか? 純一君は向こうに行けば会えるのだろうか? 何が起こっているのか分からないまま、放置されてしまったので、事態を今一つ把握できない。

 

 愛莉さんが来てくれて、安全な場所に保護されて、私はようやくゆっくり考える余裕ができたけれど、結局、愛莉さんたちが向かっている先に行ってみなければわからないという結論に達しただけだった。

 

 私は、動いている車の中から外を見た。走っている車を外から見たことは何度もあるけれど、車に乗ったのは初めてだった。

 

 ひゅんっ、ひゅんっと、街灯の明かりが迫ってきてはあっという間に後ろに消えて行く。その様子を眺めていた私は……。

 

 ……ヤバい。何となく目が回って、フワフワした感じがあって、それから気持ちが悪くなってきた。それは車酔いと呼ぶらしいことは後日知ったけれど、今は、車に乗ったら誰でもそうなるものだと思い込んだ。

 

 その時、バスケットの蓋が開かれ、私は顔をのぞかせた。

 

「……残雪。ちょっと、気になっていたけれど口を開いてみて?」

 

 私はそれに従ってあんぐりと口を開ける。

 

「まるで、言われたことが分かるような反応ね」

 

 運転席の沙耶香さんが驚いたような声を上げる。「でしょう」となぜか誇らしそうに愛莉さんが返す。その口調は、普段の純一君や孝樹君といるときと違って、とても子供っぽく聞こえた。

 

 それにしても、そんなに私は猫ばなれした反応をしているのだろうか? だったら、もう少し気を付けた方がよさそうだ。

 

 口を開けてから私は思い出した。私の舌の上には、若葉さんの部屋で見つけたメモ用紙がそのまま乗っていた。最初はとても気持ち悪かったけれど、今は入っていることすら忘れてしまっていた。よく呑み込まなかったものだと思う。

 

 愛莉さんは、私の口の中に慎重に指を入れ――開けたままにしているのが苦しくなってきたのをじっと我慢する――メモ用紙を取り上げた。私は、ようやく口を閉じることができた。邪魔なものがなくなったので、口の中が軽くなったような感じだ。口を開けっ放しにしていたので、うっすらと浮かんできた涙を、私は前足で拭った。

 

「本当にアンタは変な猫だねぇ」

 

 私の行動の何が可笑しかったのか、私の頭から背中をすっと撫でた愛莉さんは、その指で私の舌から取り上げた小さな紙を慎重な手つきで開いた。そこに書かれた内容をさっと確認すると、愛莉さんはそこに書かれた内容の意味することを完全に理解したようだった。

 

 天を仰ぎ――車の天井しか見えないけれど彼女の眼は満天の星空を捉えていたに違いない――小さくふう、と息を吐き出すと、「何事も、上手くいかないものねぇ」と呟いた。それから、胸のポケットからハンカチを取り出して、メモ用紙を折りなおしてハンカチにくるんで、再びポケットに戻した。

 

 

 しばらく走ると、白い大きな建物が見えてきた。他に大きな建物が周りにないので、夜半でも目立って見えた。正面玄関前の広い駐車場に車は侵入して行くと、正面玄関のほぼ真正面に止まった。

 

 

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