雪の残り【59】


 

 すぐさま腰に付けた無線機――携帯電話ではないらしい。人間の道具はやっぱりよく分からない――を使ってどこかに連絡をしていた。その間に、純一君はもう1人の警察官から事情聴取をされていた。純一君は自分が若葉さんと同じ学校の同級生であることや、先程怪我をした現場に居合わせたことなどを説明し、身分証を提示すると警察官も納得したように頷いた。孝樹君の名前を出さなかったのは、孝樹君に迷惑がかかることを嫌ったのか、あるいは純一君なりの意地なのか。それは後ほど聞いてみることにしよう。

 

 警察官が簡単に状況を説明する。やはり、私の叫び声は近所の人たちに聞こえていたらしい。そのため、不審な人間がいると警察に通報があり、近くの派出所の巡査が駆け付け、開けっ放しにされたドア、脱ぎ散らかされた靴、呼び鈴を押しても返事がないうえに、二階からは不自然な物音と声。緊急の事態が起こっていると判断した、という。その判断は、他方では的外れだったが、他方ではこの上なく適切な判断だった。

 

「ところで、君の他にもう1人、いるのではないかい?」

 

 と、純一君に事情を聴いていた警察官が訪ねた。

 

「いえ。僕一人ですよ」

 

 と答えた純一君。それを聞いた私は、もっと演技指導が必要だなと思った。平静を装った否定の返答は、不自然なことこの上ないものだった。警察官は不審な目を向けながら、

 

「通報者が2人だったと証言しているのだがね?」

 

「本当に1人です」

 

 と純一君が返答する。おお! 今度は上手かった。必要以上に怒るでもなく、棒読みになるでもなく。

 

 ちなみにこの時私は、すでに窓の外に避難して、姿を隠してこの様子を眺めていた。

 

 警察官が説明するところによれば、通報者は近所のお婆さんだったらしい。このお婆さんが、事態を“正確”に通報してくれていたのが私と純一君には幸いした。

 

「まァ、喋る猫がいたなんて通報されても困るからなぁ……」

 

 純一君も、それ以上の追及はされなかった。遠くから、電子的な警告音≪サイレン≫が聞こえてきたのは、そのときだった。

 

*     *     *

 

 その後のことはよく分からない。今度は白い服の男の人が2人入って来ると、若葉さんに声をかけ、微かな反応があることを確かめると担架に乗せて、階下へと運んで行った。

 

 純一君も警察官に促されて一階へと降りて行ったので、私は上がった時と逆のコースをたどって庭に飛び降り玄関へと向かうと、ちょうど玄関を得てきた純一君と目があった。純一君が、声は出さなかったけれど、はっきりと口を動かした。「こ・こ・に・い・ろ」と言ったと思った。

 

 確かめ直すことはできなかった。とにかくたくさんの人が集まっていたからだ。集まった人たちの多くが、野次馬という奴らしく、遠巻きに眺めていた。携帯のレンズを向けている人の姿も見えるけれど、こんなところを撮ってどうするのだろうと思う。

 

 若葉さんは白い車体に赤いランプがついた車に乗せられ、その車は来た時と同じサイレンを鳴らして何処かへ行ってしまった。純一君も一緒に行ったのか、姿を探したけれど見つからなかった。その後は、集まっていた野次馬たちは潮が引くようにさーっといなくなっていった。

 

 そして、全てが終わった後の若葉さんの自宅の玄関先で、私は一匹ぼっちで置き去りにされてしまったのだった。

 

 それから何時間が経ったのだろう? その間、私が退屈を持てあましていたとか思われるのは大変に心外である。というのも、先刻まで近所の白髪頭のおっかないお婆さんに追い立てられていたのだ。

 

 

 このお婆さんは、ある意味で、今回の一件の一番の“被害者”でもあるから、一応、何があったか説明しておいた方がいいだろう。

 

 

58】へ  【目次】  【60】へ

 

▼あなたのクリックが創作の励みになります。▼



▼感想をいただけると更なる励みになります▼
 
『雪の残り』の感想