雪の残り【47】


 

*   *   *

 

 私の記憶が正しければ、今日は8月16日のはずだ。あの劇的な――あれを劇的と言ってよければだけれど――孝樹君と若葉さんの和解から4日が過ぎたことになる。

 

 空には相変わらず、清々しい晴天が広がっているけれど、今の私の目には、先日まで私に見えていたのとは全く違う青空が映っていた。誰しも、晴れの有難味を知るためには、雨を知らなければならない。大雨を知る前と後では、同じ青空であっても、違って見えるものなのだと、私は実感とともに、一つまた学んだ。

 

 というのも、お盆の3日間は、久方ぶりに大雨が降り、私は寝床としている校舎の床下から一歩も出ることができなかったからだ。

 

 食料に関しては、幾人かの生徒からのカンパもあって、空腹に悩まされることはなかったものの、思いっきり走り回れないのは結構な苦痛だった。しかし、初日は朝からさーっと降り始めた雨のおかげで、やっと涼しくなって過ごしやすくなる、などと気楽に考えていたものだった。

 

 ところが、2日目……いや、初日の夜から雨の勢いはだんだんと増していき、土砂降りとなっていった。水滴が校舎に打ち付ける激しい音は、床下にも反響し、うねりを上げる強い風が吹きすさぶ音と重なり、あたかも悪魔の哄笑の如きである。

 

 私は、まるで巨大な猛獣と一緒に檻の中に放り込まれたように錯覚していた。今にも寝床に水が入り込んできて溺れてしまうのではないかと戦慄しながら、前足で両耳を押さえ、いつもはぴんとした尻尾をしなしなとさせ、ひたすらブルブルガタガタと身をちぢこませて震え続けていたのだった。

 

 3日目になると雨音が弱まり、雨足が遠ざかっていくのを感じていたけれど、ようやく危険が去ったと感じたのは、雨が止んだのを確かめに恐る恐る顔を出した私の目に、未だに空を覆う真っ黒い雲の切れ目から、一筋の光が差し込んでいる光景が映った時だった。あの光景を私は一生忘れることはないだろう。

 

 そして今日は朝から拡がる久方ぶりの晴れ間に、私は素直に感謝の気持ちを抱いていた。

 

 休みが明けた創成学園には沢山の生徒で溢れていたが、こんな当然の日常があるということが、実はとても幸福なことなのだと思うと同時に、そのことは決して忘れまいと考えている。

 

 しかし、今、私は創成学園にはいなかった。なぜなら、純一君の太陽観測に同行するために、再びバスケットに詰められ、自転車の前かごで揺られながら、先日訪れた小さな公園に再びやって来ていたからだ。 

 

 私は、以前に訪れた時のことを思い出した。あの時、若葉さんもここにいた。そして、下の用水池で、孝樹君と会った。あの時の居心地が悪い時間を忘れてはいないけれど、若葉さんと孝樹君は先日ちゃんと和解することができた。基本的に私は純一君を応援したいとは思っているが、それは横に置いておいて、仲直り自体は歓迎すべきことなのだろうと思う。

 

「あちいな」

 

 と、茶色の夏ズボンと上半身は灰色のTシャツ一枚という格好の純一君はそう言って何度目になるか分からないぼやきを口にした。このような天気を、台風一過と呼ぶのだと教わる。台風とは、大量の水と強力な風をまきちらしながら、各地に甚大な被害を与えながら我が物顔で立ち去っていく一つ目の化け物であるらしい。よもや、そんな怪物がいようとは、世の中にはまだまだ私の知らないことばかりである。あの暴風雨の中で、うっかり顔を出していたら、今頃私はきっと、台風とかいう奴の腹の中にいるのだろう。くわばらくわばら。

 

 そんなことを考えつつ、純一君が先日と同じように天体望遠鏡から映し出された画像を紙に写している様子を、身体をぺろぺろと舐めながら眺めていた私は、視界の隅に見覚えのある女の子の姿を捉えた。

 

「やあ。森上」

 

 若葉さんは、汗びっしょりにしながら太陽観測を続けていた純一君に、笑顔で声をかけてきた。

 

 

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