雪の残り【36】


   

「で……これが、太陽投影版。黒い板の方が影を作る板で、白い板の方に太陽の像を投影させるんだ。で、この用紙に、太陽の様子を描き写すんだ」

 

「ふ~ん。それで何が分かるの?」

 

「太陽の黒点の数を調べることで、太陽の活動の様子を知ることができるんだ。あとは、黒点の動きを見ていれば、太陽が自転している様子を知ることができる」

 

「ふ~ん。じゃあさ……」

 

 なんだか面白そうだったので、さらなる質問をしようとした私の発言を、純一君が遮った。

 

「深く掘り下げるなよ。僕だって、とりあえず何かやってみようって以上の目的はないんだから。詳しくわかっているわけじゃないんだ」

 

 私と純一君がそんなやり取りをしていると、

 

「森上じゃない。何をやっているの?」

 

 とかけてきた女性の声があった。その声に純一君は、やけに嬉しそうに反応して顔を上げた。

 

「藤崎。来てくれたんだ」

 

 野球帽を被ってジージャンにジーンズ、スニーカーという世間一般からしてみればあんまり女の子らしくない格好の若葉さんは、一瞬キョトンとした顔をして、それからポンっと手を打った。

 

「そっか。太陽観測しているって言っていたっけ。ごめん。すっかり忘れていたよ」

 

 それを聞いた純一君はがっくりと首を落とす。すっかり忘れてたと屈託のない調子で言う若葉さんを見て、純一君をちょっと気の毒に思う。この調子では、純一君と若葉さんをくっつけようという私の目論見は、ただの絵空事に終わってしまいそうな感じだ。

 

「……じゃ、藤崎は、ここに何しに来たんだ?」

 

「ん。孝ちゃんの必勝祈願。そこの神社にね。家からも近いし」

 

「必勝って……ここの神社、そんなご利益あるのか?」

 

「ないのかな」

 

 と、若葉さんはちょっと小首をかしげる。

 

「だって……ここの神社は、お稲荷さんだぞ。朱い鳥居だろ? 確か農業の神様じゃなかったか?」

 

「まぁ、お願いしないよりマシってね」

 

  お互いに、夏休みに入ってからあまり顔を合わす機会がなかったらしく、何となく近況を互いに話していた。やがて、話が孝樹君の話題に及んでいくと、純一君は顔をしかめつつ、聞き役に徹するようになった。

 

「私と孝ちゃんはね、この辺りの生まれなの」

 

 純一君に若葉さんがそんなことを語り始めたけれど、私はそれを聞いていて複雑な気持ちになっていた。若葉さんは、例の目撃者探しを純一君と一緒にしたことで、ある種の連帯意識を感じていることが、その口調からありありと感じられていた。

 

 しかし、実際にはそうではない。あくまでも、純一君が好意を持っているのは若葉さんなのだ。同時に、そのことに全く気付いていない若葉さんは、愛莉さんが言うほど“裏”のある人ではないという確信も強くしていた。

 

「家が近いし、保育園も一緒だったし、昔は当たり前のように一緒に遊んでたんだよ。……あの事件があるまでは」

 

 私を含めた2人と1匹は、公園を出て坂道を下っていた。公園は小高い所にあるので、見下ろす形で住宅街が見える。あそこのどこかに若葉さんの家があるのだろうか? 孝樹君の家もあるのだろうか?

 

 そのまま真っ直ぐ坂道を歩いて行くと池が見えた。来た時にも、この横を通ったはずだけれど、半分居眠りしていた上に、バスケットの中からでは外の様子が分からなかったので気がつかなかった。あの事件というのが何なのか私たちは知っているけれど、純一君は何も言わずに黙って話を聞いていた。

 

「ここには来ちゃいけない……そう言われていたのに、入り込んで、私がここで溺れたの」

 

 池の周りには鉄の柵が張られ、『危険! 立ち入り禁止!』と書かれた看板がかかっている。池から道路を挟んで、建設会社の資材置き場があり、作業着にヘルメット姿の男性が何人が作業しているのが見えた。

  

 若葉さんが話してくれた内容は、概ね数日前に愛莉さんが話してくれたものと同じだった。『創成学園のゲシュタポ』の異名は伊達ではないらしい。だとすれば、事故のとき孝樹君は、ここに助けを求めたのだろう。その時、どんな思いでいたのだろう?

 

 

35】へ  【目次】  【37】へ

 

▼あなたのクリックが創作の励みになります。▼



▼感想をいただけると更なる励みになります▼
 
『雪の残り』の感想