雪の残り【34】


   

「うん。つまり、2人の表面に出ている態度が、それぞれ2人の感情から来ているものとは限らないということ。名城君は、藤崎さんを置いて逃げた罪悪感、それをやってしまった自分への嫌悪感、そしてその後起きてしまったいじめに対する憎悪……全部抱えて小学校を卒業した。まるで逃げるように、あの事件を知っている卒業生と顔を合わせることのない進学校に入学したのも分からないくはないわ。藤崎さんは、自分を置いて逃げた名城君への怒り、謝罪を受け入れなかった自分への嫌悪、いじめを引き起こして加担した罪悪感……それにずっと苦しんできたんじゃないかしら。そんなふうに、冷静に自分を見つめ直せたのは、きっと……名城君と完全に縁が切れた後だったでしょうね」

 

 純一君はここまでの話を、もう一度頭の中で反芻してから、一つの単語を導き出した。

 

「それは一種のPTSD≪心的外傷後ストレス障害≫というやつ……?」

 

「心の傷なんて言葉は使いたくないけれど、そう言えるかもしれないわね。2人の間には、未だ融けない雪が残っているようなものよ。名城君はあの時のことを嫌でも思い出される藤崎さんを徹底的に突き放し、藤崎さんの行動は、恋愛感情からなんかじゃなくて、ただただあの時のことを赦されたいというだけ。雪が融けなければ、2人は先に進めないわ。そうなれば、あなたがどんなに藤崎さんに好意を持っていてもそれを受け入れてもらえる可能性は零に等しい」

 

「で……でも、僕がメモリーカードを割ったところを見ていたのなら、その前だって見ていたはずだろ? 藤崎は、名城には言わないで、と言ったんだぜ」

 

 その台詞は私も聞いていた。愛莉さんの言葉が正しければ、若葉さんは積極的に自分の行動をアピールしてほしいと思うものなのではないだろうか? 少なくとも、孝樹君に対して“恩”を一つ用意することができれば、これまでほど邪険に扱われることもないだろう。

 

 それなのに、若葉さんは、むしろ自分の行動を孝樹君に知られまいとしているように、あのときは思ったのだけれど……。

 

 愛莉さんは、純一君の問いかけを、私の考えも含めてバッサリと切って捨てた。

 

「そうね。……藤崎さんも、あなたがそのメモリーカードを割るなんて思ってもいなかったでしょうからね。“言わないで”というのは、つまるところ“言ってほしい”という本心の裏返しに他ならないのよ。そう言っておけば、むしろあなたは積極的に名城君に事実を伝えると考えていたんじゃないかしら」

 

「まさか。あいつは、そんな計算ができるタイプじゃ……」

 

「やっぱり君は人を信用して痛い目を見て、お人よしが原因で人生を棒に振るタイプだわ。君は女の子に甘い幻想を抱きすぎなのよ」

 

「……」

 

 一言も言い返せずに、固まってしまった純一君。頑張れ! 一言くらい言い返せ! と無責任にエールを送りたいところだけれど、そもそも孝樹君に話してしまったのは私だった。愛莉さんの言うことが正しければ、私は若葉さんの策略にまんまと乗ってしまったことになる。

 

「どうして君は私の言葉で人の見方をコロコロ変えるのよ。若葉さんのことは、私より君の方がよく知っているでしょうに」

 

「うぅ……」

 

 呆れた口調で、さっきと180度違った見解を述べる愛莉さんに、純一君は言葉も出せずに呻くだけだった。

 

「君は、本当におちょくりがいがあるわ」

 

「そもそも、名城と藤崎の話を僕に聞かせてどうするつもりなんだ!」

 

 人間はどうやら追い詰められた時にも怒鳴るものらしい。

 

「どうするかは君次第。ただね……私も、自分の気持ちに素直になってみようかと思ってね」

 

 愛莉さんは短くなった髪にすっと手を触れながら、すっと瞳を細める。

 

「そのためには君に協力してもらった方が、都合がいいしね。少なくとも、利害関係は一致しているんだし」

 

「……一方的に利用されそうな気がするけれど」

 

「だとしても、君に損はない気がするけれどね」

 

 

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