雪の残り【32】


   

「……S県の人口? 550万人強って所じゃないか?」

 

「そう。この県は南北に長く伸びた、面積も日本のトップ5位に入る大きな県だけれど、北には県の1割弱の人口しかなく、人口の大半は南にあるのよ。創成学園があるF市はそのS県の中心に位置する人口7万人ほどの市だけれど、高速自動車道や鉄道も通っていて交通の便もよくて、車で2時間以内に人口30万人以上の中規模から大規模な都市が幾つもある。1970年代の高度経済成長に伴う人口増加を見越して、この町でも新興住宅地の整備などが進められてきた。創成学園が創立されたのもそのころ。近隣の大都市からの入学生を期待して、高等部は1000人規模での大規模校として発足して、『自然豊かな学園で、豊かな人間形成と、高度なカリキュラムを』というコンセプトは大当たりして1000人という膨大な人数を集めているにもかかわらず、定員割れしたことはない……」

 

「この町と学園の歴史はいいから、出来れば要領よく、要点をまとめて話してくれないか」

 

 私にとってはそんな話は初耳だったけれど、純一君にとってはよく知った事実だったらしく、愛莉さんに早く本題に入るようにと促した。

 

「……失礼。ところが、この創成学園の中等部は100人弱の生徒しか募集していないのは知っているかしら? このF市の小学校を卒業した生徒のほとんどは、地元の公立中学校に通うのに、どうして名城君は、創成学園の中等部に来たと思う?」

 

「小学校の時から優秀な生徒だったら、レベルの高い中学校に……となったっておかしくはないと思うけれど」

 

 愛莉さんの問いに、純一君はとりあえずの回答を提示する。

 

「もちろん、それはそうなんだけれどね。創成学園の中等部にF市立第一小学校……つまり彼の出身の小学校から進学した生徒は、名城君1人だけだった」

 

「それだけ優秀だったってことなんだろ?」

 

「優秀だったことは間違いないよ。実際今だって、優秀な生徒ばかりが集められる総合進学科の1人なんだし。でも、名城君が、地元の中学校ではなく、創成学園中等部を選択した理由は、そんな理由じゃない。市立第一小学校の卒業生が通うことのない学校だから……つまり、小学校生活をリセットしたい出来事があったってことなんだ」

 

 過去をリセットしたいような出来事があっただろうということは、私にも想像ができた。確かに、若葉さんに対する孝樹君の態度は、過去に相当の出来事があっただろうことは想像がつく。

 

 純一君は、私よりもう少し深く物を考えていたらしく、一つの結論を導き出した。

 

「ひょっとして、苛め?」

 

 重々しく愛莉さんが頷いた。

 

「標的にされていたのは、名城君。中心にいたのは……藤崎さん」

 

「まさか!」

 

 純一君が立ちあがって声を荒げる。

 

「あの名城が? 藤崎が? あり得ないよ!」

 

「どんな人間でも、いじめの標的になり得る時代だよ。もっとも、名城君は小学校の頃から合気道をしたり水泳したりで鍛えていて、喧嘩じゃ誰も相手にならないから、最も陰湿で下らない方法が取られていたようだったけれどね」

 

「陰湿で、下らない?」

 

「無視≪シカト≫だよ。クラスメート全員で名城君を孤立させたんだ」

 

 愛莉さんの声音に、私はぞくりとした。愛莉さんの声には静かだったが明らかな怒りが込められていた。

 

 孝樹君が、自分は独りでいいといった理由は、それだったのだ。1人でいいと言う前に、彼はすでに独りだったのだ。しかし、そこに至るまでには何かのきっかけがあったはずだ。愛莉さんは、それも知っているのだろうか?

 

 愛莉さんは少し色あせたノートを青い鞄から取り出して、ピンク色の付箋が張ってあるページを開いて、純一君に渡した。

 

 

5年前の86日。町はずれの用水池――大勝橋って橋を西の丘陵の方に行ったところにある池だよ――あそこで小学校45年生の6人が次々に溺れる事件があったの」

 

 

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