雪の残り【31】


   

 私には一体何を言っているのかわからなかったけれど、純一君にはそれだけで十分伝わったようだった。

 

「別にそんなつもりでここに来たわけじゃないよ……陽村さん」

 

 陽村さんと純一君が呼んだのを聞いて私はようやくモヤモヤが晴れた。そうだ! この人は陽村愛莉さんだ。腰まであった長い髪を、肩のあたりでバッサリと切ってしまっていたので、私には誰だか分らなかったのだ。

 

「君は、藤崎若葉さんのことが好きだったんだね。……そのメモリーカードは名城君を助けるために、藤崎さんが必死に見つけたものじゃなかったの? それを割ってしまったのを、後悔しているの?」

 

「う……うるさい!」

 

 言い返してから、純一君が何かに気付いて大きく目を見開いた。

 

「……って、なんでそのことを知っているんだ?」

 

「見ていましたから」

 

 愛莉さんがひょいっと肩をすくめた。何を言っているのか分からないという顔をする純一君に、

 

「あなたたちが目撃者探しをしているところを、ずっと見せてもらっていましたから。あなたが、それを壊すところもね」

 

「な! 何で見ていたんだ!」

 

「尾行≪つけ≫ていましたから」

 

「な! 何で!」

 

 何故なのかは賢明な読者の皆様に再度説明する必要はあるまい。しかし、愛莉さんが孝樹君を好きだったことや、あの嘘記事が孝樹君に「君は一人ではないんだ」という愛莉さんなりのメッセージだったことを、純一君は知らない。

 

 私は、決してそこまで口の軽い猫ではないのだ。ええ! 猫の神様に誓って。

 

 愛莉さんの本心を知る由もない純一君は何故かあたふたとうろたえ、妙に狼狽していた。一体、どんな勘違いをしているのだろう?

 

「何でって……ストーカー?」

 

「……だ! 誰の!?」

 

「う~ん。君の?」

 

 しれっとした感情のこもらない声ではなたれた一言に反応して真っ赤になる純一君。ああ……。何を思ったのか、手に取るように分かるなぁ。

 

 そんな純一君の様子を見て、ため息混じりに愛莉さんが一言。

 

「アンタ、確実にバカみたいな騙され方して人生ダメにするタイプだわ」

 

 愛莉さんの目には、あからさまな憐憫≪れんびん≫の情が含まれている。

 

「う……うるさいな。一体、何をしに来たんだよ!」

 

 人間は、あまりに恥ずかしいとまず怒鳴る生き物らしい。

 

「ここに来たのは、そんなに意味のあることじゃなかったけれど、君と顔を合わせたのは、意味のあることかもしれないね。……知りたくはない? 名城孝樹君と藤崎若葉さんとの間に何があったのか? 名城君が、藤崎さんを嫌っている、理由を」

 

 その言葉を聞いて私も思わず身を乗り出した。それは、私も知りたかったことだ。他人の事情を勝手に聞いたりしてはいけない、などという倫理観を、私は持ち合わせていないけれど、純一君は気にしたらしく、すぐには愛莉さんの提案に乗らなかった。

 

 いや、今さっきおちょくられたものだから、やや猜疑心が強くなっているのかもしれない。

 

2人の間にあったことを知っているのか?」

 

「広報部を辞めて暇になってね。興味もあったし、調べてみた」

 

「あなたは暇つぶしで人のプライバシーを調べるのか?」

 

 愛莉さんは、親指を人差し指を立てて純一君に指先を向けた。愛莉さんは、私が尻尾をよくそうするように、すらっとした白くて長い指を左右に振りながら、

 

「重要なのは、知りたいか、知りたくないか、よ?」

 

「……教えてくれ」

 

 誘惑には純一君も勝てなかったらしく、しばらく考えた後で愛莉さんに頼んだ。

 

「……ところで、この県の人口ってどのくらいか知っている?」

 

 ちょっと考えてから、愛莉さんが話し始めた内容は、すぐに核心に入っていくものではなかった。 

 

 

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