皇帝の高い買い物【1章-3】


   

 軍の要職も、ローマの中枢の要職も、地方行政の要職も経験し、ローマ帝国の表も裏も知り尽くした男だったが、一部の“ローマ的な”ものに非常な違和感を覚えていたのは確かだった。

 

 例えば、ユリアヌスが集めた大量の様々な食材は、集まった貴族の腹の中に消えていった――かといえばそうではない。寝そべって食事をとる貴族のスタイルはまだしも、食べきれなくとも食べる姿にはどうにも共感できなかった。腹がいっぱいになったら、専用の羽で喉をついて専用の壺に吐き出してはさらに口に入れた。その中には、なかなかお目にかかれない希少な食材も多くあった。

 

 質素倹約を重んじていたという初代アウグストゥス――もともとはローマの第一人者を意味する言葉だったが、後にローマ皇帝を意味するようになった――が、今のローマ貴族たちの放蕩な生活を見たらどう思うだろうか、と思う。もっとも、ローマ貴族たちが放蕩であったのは、初代アウグストゥスの頃よりはるか以前からではあるのだが。

 

 いずれにせよユリアヌスは久方ぶりの静かで落ち着いた食事を、妻のスカンティッラ、娘のクララとともに過ごしていた。本来であれば、娘婿のレペンティヌスにも同席してほしかったのだが、残念ながら多忙のため欠席していた。

 

 娘のクララは今年39歳。若いころは絶世の美女と謳われ、レペンティヌスと結婚した後は、どんな子供が生まれるだろうかと期待されたものの、その期待は叶わなかった。ユリアヌスには他に子供もいなかったし、クララの年齢も年齢で、孫の顔を見ることはなさそうなのは、この世に残すことになるであろう数少ない心残りの一つだった。

 

 ユリアヌスはスカンティッラやクララに、先日ペルティナクス帝に拝謁した時の話を聞かせていた。実直なペルティナクス帝をユリアヌスは絶賛しながら彼女らに語い、彼女らは時折相槌を打ちながらユリアヌスの独演会に耳を傾けていた。

 

 ユリアヌスはペルディナクス帝よりも6歳年下の60歳。平均寿命は20歳から25歳という時代であるから、充分老齢の域に達していた。真面目で誠実、そして温厚であることを自らに課してきた老政治家は、久方ぶりに再会した、そして皇帝として初めて顔を合わせたペルディナクスの姿を、名君として名高いアントニヌス・ピウス帝やマルクス・アウレリウス帝の再来の如きと目を細めて喜んでいた。

 

 ペルディナクスは、解放奴隷を父に持つ自由民出身であった。名門出身のユリアヌスとは間逆の人生を歩んできたといってもいい。

 

 しかしユリアヌスは、軍人として才覚を示し、実力で皇帝にまで上り詰めたペルディナクスのことを、非常な尊敬の念とともに接していた。

 

 ペルディナクス帝も、そんなユリアヌスに対し、これまでの重責を全うしたことを丁重にねぎらうとともに、これからも帝国のために尽力してほしいと、懇願にも似た口調で要請したのだった。

 

 結局それがユリアヌスに対する最後の言葉となってしまったことを、ほんのわずかな後に知らされることになる。

 

 突然の、意外な来訪者によって。

 

 深夜の来訪者の訪れを知らされた時に、ユリアヌスは少々の不快さと少々の驚きで受け止めた。そして、その来訪者が近衛軍団長官のラエトゥスであることに、非常に大きな戸惑いを感じていた。

 

 たしかに、先日機会があれば参られよと言ったものの、この様な、私的な家族との会食の席に、何の挨拶もなく訪れるような礼節を欠いた男であるとは思っていなかったからだった。

 

 私的な要請か、公的な問題が発生したか。

 

 いずれにせよ、友好を深めるために来たのではない事は容易に想像ができた。

 

 ユリアヌスは、ラエトゥスを待たせておいた部屋に、身だしなみを整えて「失敬。待たせたかな……」と髭を蓄えた顎を触りながら、口元に微笑をたたえて入っていった。しかし、入った瞬間にその顔が強張った。

 

 

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