皇帝の高い買い物【1章-16】


   

 コンモドゥス帝は、この男に絶大の信頼を置いていたが、このクレアンデルという男は金に汚いことで有名で非常に評判が悪かった。今は皇帝の信頼を受けているが早晩馬脚を現すであろうとユリアヌスは考えていた。

 

 二人が挟んで座ったテーブルの上にユリアヌスが二つのサイコロを放り投げた。象牙でできたサイコロは、硬質の澄んだ音を立てて転がった。

 

「私の勝ちだ」

 

 ユリアヌスはそう言ってテーブルの上に置かれていた数枚のコインを自分の方に引き寄せた。

 

「ペルディナクス将軍は負け続きですな。そろそろ降りられますか?」

 

 ユリアヌスが意地悪く言うと、ペルディナクスは小さく肩をすくめて、コインを一枚テーブルの上に置いた。

 

 二人が興じているのは、2つのサイコロを、交互に振りながら、合計の数が多い方がテーブルの上に出された賭け金を全て受け取るという、非常にシンプルな遊びである。闘技場での剣闘士同士の戦いや戦車競走などは公営の賭博として莫大な金が動いていたが、テーブルゲームに金銭のやり取りを組み込んだ賭博も多聞に洩れずローマでも人気であった。

 

 ローマ人の熱狂的性格はローマでも持て余しており、サイコロ遊びでの賭博は、たびたび当局が法令で禁止し、取り締まりの対象としていたものの、宿場には必ずと言っていいほど賭場が用意され、浴場など人々が集まるような場所でさえ、公然と賭博に興じる者が多くいたものである。

 

 こればかりは当局もお手上げである。

 

 かの初代皇帝はサイコロ賭博で一晩に20万セルティウスを擦ったこともあったというが、今、ここでテーブルを挟んでサイコロを振っている二人の掛け金は、属州総督の経験もある政治家同士のゲームとは思えないほどの微々たる額でのやり取りだった。

 

 ユリアヌスとペルディナクス双方を知る者ならば、こう言っただろう。この二人の金銭感覚は非常によく似ており、悪く言えばケチ、良く言えば堅実であった、と。しかし、ユリアヌス本人に言わせれば少々違っていた。

 

 なぜならば、ユリアヌス自身は必ずしも博打が嫌いなわけではなかったからだ。熱くなることや自制が利かなくなることを嫌い、自らに枷をはめていたのである。性格的に賭けごとを嫌悪しているペルディナクスとは全く異なると、ユリアヌスは考えていた。

 

 しかしながら、やはり傍で見たならば、二人はよく似ていたように見えたことだろう。

 

 不思議なものだ、とユリアヌスは思う。ユリアヌスはメディオラヌム(ミラノ)で生まれた。ペルディナクスはアルバ・ポンペイアの生まれである。地理的にはどちらも北イタリアの生まれだが、メディオラヌムは北イタリアの風光明美な一大都市であり、アルバ・ポンペイアは港町として発展していたジェノヴァの近くだが片田舎である。

 

 メディオラヌム随一の名家に生まれたユリアヌスは、名誉あるキャリアと呼ばれるような手順を踏みながら、出世街道をひた走る典型的な超エリートであった。

 

 対するペルディナクスはと言えば、田舎町の解放奴隷の息子として生まれた。出世するには軍隊に入るしかないとシリア属州の軍団に志願し、経験を積んで頭角を現していったいわゆる叩き上げである。

 

 正反対の出世を遂げていた二人だったが互いに気が合った。それはマルクス・アウレリウス帝という、二人にとって共通の敬意の対象がいたからに他ならない。マルクス・アウレリウス帝への絶対的な忠誠という一点が二人を――否、帝国を支える多くの俊英たちを結びつけていた。

 

 そんなことを考えている間に、ゲームが終わった。今度はユリアヌスの負けだった。ここまで勝ちが続いていたのでその中からほんの少し返すだけだったが、ユリアヌスは大袈裟に悔しがって見せた。

 

 ユリアヌスがわざとらしく悔しがって見せた様を見たペルディナクスは、テーブルの上に置かれた2枚のコインを手に取ると、「続けるか?」と聞いた。

  

 

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