皇帝の高い買い物【1章-15】


   

 属州総督の職の持つ特権いうのは多くの政治家や貴族にとっては垂涎の的であった。属州総督になるということにどれほどの旨みがあるのかといえば、属州総督になるために借金を重ねて執政官や法務官となった者も多くいたことからも分かるだろう。属州総督になってしまえばその借金を返した上に一財産を築くのも容易だったし、事実そのような元老院議員も多くいたのだ。

 

 その総督に選ばれるのは執政官や法務官といったローマの政治の中心にいた人物である……とは一概には言えないが、元老院によって総督が任命される元老院属州に関してはそうであった。元老院属州は、大抵が経済的に富裕で、軍事的緊張の小さい属州であった。任期は大抵の場合、1年である。そのため、名誉職的にそれなりに経験のある政治家を送れば事が足りた。キュプロス属州、マケドニア属州といった辺りがそうであり、今回ペルディナクスが任を終えて戻ってきた――そしてのちにユリアヌスも赴任することになるアフリカ属州も元老院属州の一つである。

 

 余談ではあるが、皇帝によって任じられる皇帝属州というのも存在した。パンノニア属州、シリア属州、ガリア属州、プリタニア属州などがそうであり、蛮族との戦いの最前線ということもあって、徹底的な能力主義が貫かれていた。騎士階級と呼ばれる元老院議員よりも格下の貴族が任じられることもあった。その他の属州と言えば、ローマの食料庫であり皇帝直轄の属州であるエジプトは別格扱いされており、皇帝の私領地などと呼ばれていた。

 

 ペルディナクスもユリアヌスも幾つもの前線の属州総督を務めあげた有能な男であった。元老院属州に派遣される時でも、その中でも重要な地を任されていた。そうやって帝国中を回っていた両者が顔を合わせる機会は、なかなかあることではなかった。

 

 庁舎の一室で、ユリアヌスとペルディナクスはテーブルを挟んで向き合い、思い出話に花を咲かせていた。石造りの部屋の窓からは陽光が差し込んでおり、ペルディナクスがそれに背を向けた状態で座っていた。

 

 着任したばかりのペルディナクスに挨拶をするべく、ユリアヌスが首都長官の庁舎を訪ねてから結構な時間が経っていた。話があると言いだしたのはペルディナクスの方だったが、なかなか本題には入らず、ローマの政治や最近の流行の話題などを中心にとめどない雑談が続いていた。

 

「北アフリカも暑かっただろうが、ローマも今年は暑くなりそうな気がする」

 

 と言ったのはユリアヌス。

 

「ユリアヌス総督も冬の低地ゲルマニアはご存じだったはず。あの極寒を経験したら、暑いことで文句を言う気などなくなってしまう」

 

 と返したのはペルディナクス。

 

 ゲルマニアはライン河流域で現在のドイツの領域内にある。ローマ時代ではライン川を上流域と下流域に分け、下流を低地ゲルマニア、上流を高地ゲルマニアと呼んでいた。ユリアヌスは低地ゲルマニアで二個軍団の司令官として赴任したことがあった。食料長官の任に就く前の話である。

 

 ペルディナクスが低地ゲルマニアで任についていたのは、また軍で鍛えられていたころの話で、中堅の士官として経験を積んでいた時期だった。まだまだ、ローマの政治には関わっていなかったころの話である。

 

 ユリアヌスは、ペルディナクスの年齢を考えると、属州での任はもうないだろうと考えていた。かくいう自分はといえば、後5年くらいは属州を回ることになるだろう。

 

 そのときにローマがどうなっているのか……。唐突にそんな不安が脳裏をよぎることが最近は増えてしまった。この頃のコンモドゥス帝の暴君の顔は必ずしも目立ったものではなかった。というよりも、コンモドゥス帝は、政務に全く関心を示さず、近衛軍団長官のクレアンデルという男に全てを丸なげしていた。クレアンデルもまた解放奴隷でコンモドゥス帝の幼少のころからの世話係だった。

  

 

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