皇帝の高い買い物【1章-12】


   

 ラエトゥスは兵舎内の全ての兵士を呼び集めると、自らの案を語り、異論があるならばこの場で申し出るように、と意思の表明を求めた。それから、反対意見が出てこないことを確かめると、近衛軍団からの承認を得たことを全兵士に宣言してから、兵舎を囲む城壁に上がって行った。

 

「ユリアヌス、スルピシアヌス両閣下!」

 

 辺りはすっかり暗くなっているので、姿ははっきり見えなかったが、そこにいるのは間違いない。ラエトゥスは、よく見えない二人の皇帝候補者に呼び掛けた。

 

「この場に、優れた皇帝候補者を二人もお迎えできましたことを、大変喜んでおります。しかしながら、近衛軍団が忠誠を誓うことができる皇帝陛下は一人だけでございます。ですので……」

 

 ラエトゥスは一旦言葉を区切ってから、さらに声を張り上げた。

 

「近衛軍団は、我々に命をかけるに値する報酬を確約してくださる方を、皇帝陛下としてお迎えすることといたしました。これは、近衛軍団の総意でございます」

 

 丁重に言葉を選びつつも、言っていることはただ一つ。皇帝にしてほしければ金を積めということだ。ラエトゥスは、今更、この二人が引くことはないだろうと思っていた。そして、読みどおり彼らはそれに乗った。ラエトゥスの提案を認めることを宣言する声が双方から上がったのである。

 

 ラエトゥスは、その声を聞くと満足して頷いた。

 

 そしてここに、ローマ帝国の最高権力の地位をかけた前代未聞のオークションが幕を開けたのである。

 

*     *     *

 

 ユリアヌスのいる裏門に数人の兵士がやってきた。ユリアヌスが提示する額を彼らに伝えると、今度は彼らはスルピシアヌスのいる正門へと向かい、提示額以上の金を積むか、下りるかを決めるのである。

 

 その先頭に立つ男の階級章は上級将校の一人だったが、ユリアヌスはこの男の名を知らなかったし、この場ではどうでもよいことだった。

 

 将校に『1万セルティウス』だと告げた。先制打としてはこんなものだろう。将校は、額を確認しなおすと、すぐに裏門から兵舎の中に姿を消した。

 

 お互い中傷合戦で大声を張りあい続けていたので、オークションが始まると静かになり、頭も冷えてきた。やや肌寒さを感じるのは、背中にびっしょりとかいた汗のせいだろう。

 

 冷静になってくると、これがローマ皇帝となる最後のチャンスだという事実が頭の大部分を支配しているものの、他の事を考える余裕も出てきた。帝位を競売にかけようという近衛軍団のやり方に不満はあったが、近衛軍団のやり方に乗っかって皇帝になったほうが得策だと考えた。ローマ皇帝になってしまえば、後は何とでもなる。

 

 それと同時に、気になるのはスルピシアヌスの動向だった。さっきまでお互いに罵詈雑言を並べて罵倒し合っていたのだ。もしも、この勝負に負けてスルピシアヌスが皇帝になったら、おそらくは何らかの報復が待っているのは必定と思われた。そうなれば最悪の場合、何かしらの理由をつけて一族もろとも首を刎ねられる。それを免れても社会的に抹殺されることは避けようがない。

 

 絶対に負けるわけにはいかない。おそらくはスルピシアヌスも同じように考えているはずだ。どちらも引くことができないこの戦いは、相当長引くに違いない。

 

 殲滅戦が始まった。

 

 かつて――紀元前146年。第3次ポエニ戦役で北アフリカにかつて存在していた都市国家カルタゴに侵攻したローマ軍は、カルタゴが再興し、再びローマに立ちはだかるのを恐れるがあまり、徹底的に破壊した。それは、一つの都市の破壊に留まらず、一つの文明の破壊と言っても過言ではないほど徹底したものだった。

 

 ポエニ戦役はユリアヌスにとっても伝説の域を出ない大昔の物語だが、その破壊の仕方は徹底しており、カルタゴの街を焼き尽くし、壊し尽くした上から土を盛って平らにならし、草木も生えぬように塩をまいたと伝えられる。

  

 

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