皇帝の高い買い物【1章-11】


   

 さて、皇帝となるには元老院によって承認されるという最初のハードルを越えなければならない。そのために必要なものは3つ。すなわち、元老院の支持とローマ市民の人気と近衛軍団の支持である。

 

 その3つを手に入れるために、皇帝、あるいは皇帝候補者は様々な手を打った。ローマ市民から政治的関心を失わせると同時に買収の意味を込めて行われた無償の食料配布と娯楽の提供を指して、詩人ユウェナリスは『パンと見世物(サーカス)』と揶揄した。

 

 意図的に国民から政治的関心を失わせることを目的とした愚民政策は後世でもたびたび行われたが、コンモドゥス帝はそれを上手くやった一人だった。暴君だったコンモドゥス帝が、最後まで国民から一定の人気を保ち続けたのは、自ら剣闘士に扮して闘技場に上がり剣をふるうなど、国民に適度な娯楽を提供し続けたからだった。もっとも、コンモドゥス帝自身は、純然たる自分自身の趣味で闘技場に上がり剣をふるったのだし、世界一の大帝国の元首である誇り高きローマ皇帝が、そのような野蛮な勇気を示すために戦うことに心を痛めていた忠臣や眉を潜めていたローマ市民も多かった。

 

 それでも、コンモドゥス帝は、その12年の治世の間、一定の人気を保ち続けた。

 

 いわゆる“ばら撒き”と“パフォーマンス優先”の政治がいつまでも続けられるはずがない。コンモドゥス帝の死後にペルディナクス帝という揺り戻しが起こったが、頓挫したのがここまでの流れである。締め付けが厳しい世の中になってしまえば、様々な反発が起こるのも世の常である。

 

 改革というのは、常に何かしらの強力な支持母体が無ければ成し得ないものなのである。権力の担保と言い換えてもいいのかもしれない。そして、今では権力の担保の最たるものが、近衛軍団であった。軍の支持なくして皇帝は政治を行えない時代になってしまったのである。

 

 そして、近衛軍団を味方につける最も手っ取り早い手段が買収である。今では慣習と化したドナティブムをはじめとして、近衛軍団は地方の軍団よりも高い給料を与えられ、年金面などでも優遇されていたのである。

 

 近衛軍団に最初に近衛軍団に金を支払うという前例を作ったのは第4代皇帝クラウディウスだった。その治世は41年から54年にかけて。優れた統治者だったが非常な小心者でもあったクラウディウス帝は、身体が弱かったことや、元老院との間に強いパイプを持っていなかったことから、信頼できる人間を積極的に登用して実務を任せた。それが結果的に元老院の政治への関与を弱め、官僚システムの構築に繋がっていくこととなる。

 

 さて、そのクラウディウス帝が衛軍団の忠誠を確固とするために支払った額は1万セルティウスだった。それから150年を経て、ローマ帝国は緩やかにインフレを続けていた。クラウディウス帝の時代と比べて、物価の上昇率は300%にもなっていたのである。

 

 物価が3倍にが上がるということは、単純に言えば金の価値が3分の1になるということである。今の近衛軍団兵士たちにとっては、3千、5千セルティウスなどという額は、歓心を買うには安すぎたが、ラエトゥスにとっては、一つの解決策が示されたことは幸いでもあった。 

 

 ユリアヌスとともに兵舎へと戻ってきたラエトゥスは、裏門から兵舎の中に入ると、近衛軍団が分裂寸前まで二分されている状況にあることを副官のクリスピヌスから聞かされることになった。議論はまとまらず、どちらか一方に肩入れして断を取ることは、近衛軍団の崩壊にさえつながりかねないと感じ、ラエトゥスにさえ、なかなか決断を下すことができなかった。

 

 ラエトゥスは腹の中ではスルピシアヌスを全く信頼していなかったし、ユリアヌスを皇帝に就けるのが最良と信じていたが、強権を発動させて強引にその方向にもっていけば近衛軍団に後々禍根を残すことにもなりかねなかった。こんなところで、自分のキャリアに傷をつける気は毛頭ない。しかし、良き案が無いことも正直なところだった。

 

 そんなところにユリアヌス、スルピシアヌスの双方が、ドナティブムの確約を口にしたのである。

 

 

 

1章-10】へ  【目次】  【1章-12

 

▼あなたのクリックが創作の励みになります。▼



▼感想をいただけると更なる励みになります▼
 
『皇帝の高い買い物』の感想