皇帝の高い買い物【1章-1】


   

 第1章 帝位競売

 

 329日の朝を、マルクス・ディディウス・セウェルス・ユリアヌスはいつもと同じようには迎えることができなかった。一睡もできなかったのだ。

 

 古代ローマの1時間は、昼の長さと夜の長さを12等分した長さである。そのため昼の1時間と夜の1時間では長さが変わるのだが、今は春分を少し過ぎたばかりなので、今は昼夜で1時間の長さはほぼ同じである。

 

 日の出とともに新しい皇帝の――いや、ローマの一日は始まる。もちろん、奴隷の朝はもっと早い。しかし、昨夜、ユリアヌスとともに宮殿に入った馴染みの奴隷が、初めて“皇帝”への朝の挨拶をしようときにはすでにユリアヌスは起き出していた。

 

「着替えるのを手伝ってくれ」

 

 と、ユリアヌスは奴隷に声をかけると、奴隷は恭しく一礼して近寄っていく。

 

 ローマ人の男性の服装はトゥニカという腿丈の簡素な肌着を着込み、その上からトーガという2メートル程度の布を巻きつける。トーガは最盛期には6メートルもの長さがあったが、やがて徐々に短くなっていった。とはいえ、到底一人で着られる代物ではなく、奴隷の助けが必要であった。

 

 トーガの原型は長方形、あるいは正方形のウール布を体に巻きつけることから始まっており、これは女性や子供も同様だった。しかし、時代を経て、女性はトーガを巻きつける習慣はなくなったし、庶民の男性がトーガを巻くこともあまりない。男性の着衣はと言えばトゥニカのみで、寒い時はトゥニカを重ね着したり、外套を羽織ったりしていた。ちなみに、トゥニカとはチュニックの語源である。

 

 逆にトーガは身分階級を示す標識の一種として複雑化していき、身分によって様々な色彩のトーガが用いられた。とはいえ、皇帝だからといって、特別に豪華絢爛な着衣が用いられたわけではなく、あくまでも身に纏うのはトゥニカにトーガである。もちろん、相応に豪華なトゥニカやトーガが用いられたが、ローマ帝国の皇帝というのは、決して独裁的な専制君主たりえたわけではなかった一例と言える。

 

 その割には、多くの独裁者や暴君を生み出しているのも確かなのだが……。

 

「……旦那様。目の下にクマが出来ていますが、昨夜はあまり、あまりよく眠られなかったのでしょうか?」

 

 トーガを巻き終えたユリアヌスに奴隷が尋ねる。

 

「目立つか?」

 

 両目の間を指で押さえながら、ユリアヌスは問う。

 

「はい、とても。……顔を洗って来られてはいかがでしょう?」

 

「そうだな。そうするか」

 

 ローマでは、朝に顔を洗う習慣がない。しかし、ローマは世界で最も早く、優れた上水道網を整備した国である。水に不自由しているわけではなかった。

 

 陶製の水受けに大量の水を入れて、奴隷が運んでくる。

 

 ユリアヌスはその中に手を入れて水をすくおうとしたが、両手の指先がぶるぶると震えて、水がこぼれ落ちた。なおも水を掌に溜めようと試みるものの、手の震えはいつまでも収まらず、ようやく顔を洗えたのは、同じことを5度繰り返した後だった。

 

*     *     *

 

 すっかり着替えを済ませたユリアヌスが寝室を後にするのを、奴隷は静かに付き従った。

 

 奴隷は個人の私有財産の一つである。

 

 奴隷といっても、千差万別であり、労働者として売られた奴隷は、鞭で打たれ、過酷な労働に従事させられ、死ぬまで働かせられるのが常であったのに対し、都市住民に買われた奴隷は、主人の人柄や生活状況によって変わってもきただろうが、転売が出来なくなるという理由で過剰な虐待が加えられることはなかった。

 

 奴隷を持つのが一種のステータスであり、所有している奴隷の多寡によって貴族の価値が決まる世の中である。ユリアヌスも相応の数の奴隷を所有していたが、ユリアヌス本人も、妻のスカンティッラも共に人格者だったこともあり、ユリアヌスの奴隷は他の貴族の奴隷よりは幸福であろうと思っていた。 

 

 少なくとも、所有する奴隷を他人に貸し出して、その給金をピンハネするような所有者に比べれば。

 

 そして、ユリアヌスはローマという国家に対しても、ローマ市民に対しても、帝国の臣民に対しても、心を砕き、常に安寧と幸福あれと願い、そのために行動を続けていた。その事実は、この奴隷のみならず、ディディウス・ユリアヌスという人間を知る誰しもが認めるところである。

 

 

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