皇帝の高い買い物【プロローグ-2】


   

 皇帝陛下への個人的な敬意は抱きつつも、ラエトゥスもまた不満を募らせていた一人だった。近衛軍団の長は、首都防衛の要であり、皇帝陛下の側近中の側近であり、権力の中心にいる一人、ローマの最高権力者の一人だと言っても過言ではない。しかし、首都のど真ん中に居続けるために、権力欲は満たせても、財を築くのは難しい。

 

 富裕な血の属州総督になれば権力も富もーー例えば皇帝の直轄地であるアエギュプトゥス(エジプト)はローマ帝国屈指の穀倉地帯のため、その収益は莫大で、その属州総督の懐に入ってくる金も莫大で、簡単に一財産築ける。

 

 ローマの政治家なら誰もがアエギュプトゥスの属州総督になりたがっていた。ラエトゥスも例外ではない。いや、権力への欲求も金や富への執着も、人並み以上のラエトゥスは、他の誰よりも、それを望んでいたし、ペルティナクス帝もそれを理解していたはずだった。

 

 そして、それはペルティナクス帝ならば簡単に叶えられる願望だった。しかし、待てど暮らせど、そのような話は出てこなかった。ペルティナクスが皇帝となれたのは、自分の働きがあったからこそではないか、もっと感謝されてしかるべきではないか、と考えていたラエトゥスにとっては、一向にその恩義に報いようとしない皇帝への不満は、敬意と天秤にかけても、あっさりと不満の方に傾いてしまうほど積もり積もっていった。

 

 だから、ラエトゥスは特に不満を募らせていた一部の部隊を煽動しパラティーノの丘の宮殿を襲撃させたのである。

 

 それはペルティナクス帝への警告で終わる筈だった。ところが予定外だったのは、宮殿の衛兵や役人どもが、あっさりと城門を開いてしまったことだった。それが、城門に迫りくる戦闘部隊の圧力に恐れをなしたからなのか、ペルティナクス帝を嫌っていたからなのか、今更確かめることはできない。だが、おそらくは後者であっただろう、とラエトゥスは考える。ペルティナクス帝は就任し、緊縮財政・綱紀粛正の二本柱の改革案を掲げた後、まずは足下からと宮殿内の引き締めから着手したからだ。

 

 宮殿に詰めていたラエトゥスは、近衛軍団の長官としてこの騒動を静めるように命じられたが、雪崩打って侵入してくる兵士たちと正面切って争えば、自分が仕向けた策略で、自分の命を危うくすることになりかねなかった。

 

 ラエトゥスは、我が身の保身のために、ペルティナクス帝を切り捨てることを決断したのだった。

 

 近衛軍団長官にまで剣を向けられ、宮殿の役人も警護の兵も、下働きの者たちさえ逃げ出した宮殿で、最後まで忠誠を誓うわずかな者たちを従え、広間へと反乱兵を招き入れたペルディナクス帝は彼らを説得しようと試みるが、それは徒労に終わった。怒り任せに下士官の一人が突き出した槍が、ペルディナクス帝の胸を貫き、ペルティナクス帝は広間の石造りの床に崩れ落ちた。さらに、別の兵士によってその首が切り離され、転がった。享年66歳。コンモドゥス帝のさらに前の皇帝であるマルクス・アウレリウス帝の時代から、帝国を支え続けた男の、呆気ない最期だった。

 

 全てがイレギュラーの連続だったため、ラエトゥスには、この後について明確な計画などを持ち合わせていなかった。しかし、次期皇帝の選出に当たって近衛軍団が主導権を握るべき、とは考えていた。そのためには、迅速に候補者に接触し、近衛軍団が一丸となりその人物が皇帝に選出されるように後押ししなければならない。それこそが、近衛軍団が政治への影響力をさらに増していくための最善なのだ。

 

 では、誰を後継候補として選出すべきか。幾人かの元老院の議員や有力な軍人の顔などを思い浮かべるが、優秀な人材や有力な皇帝候補はコンモドゥス帝の時代に排除されているか、どこかの属州の総督などで遠方に飛ばされたりして今現在ローマにはいなかったりして、なかなか候補者を絞り込むことができなかった。

 

 

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