北の森の大蛇【9】


 

「しかし……」

 

 それはにわかには信じられない話だった。

 

「王国が成立したのは約300年前です。その時、創始者のブレーンの一人に強力な呪術者がいたのです。その呪術者は強大な呪術者によって王国の命運が簡単に左右されてしまう現実を恐れ、呪法を地上から消滅させようとしたのです。時を同じくして、王国成立に呪術者が大きな役割を果たしたことをしたことを知った各国でも、呪術者が政権にとって脅威であるという認識が広まり、呪術者狩りが始まりました。呪法の知識、技術は、300年前にほとんど消滅したのです。もはや、何一つ残っていないといってもいい。しかし、当時の成果が完全に失われたわけでもありません。例えば、今私たちが倒そうとしている大蛇を含め、各地で生き残っている魔獣たちは、その名残。そして……」

 

 一息に話しきると、ユミールは一旦言葉を区切り、あの渋いお茶を喉に流し込んで喉を潤した。そして、しばらく間を置いた後、再び口を開いた。

 

「そして、300年前に呪術者追放を行った呪術者こそが、私の先祖なのです」

 

 そう言うと、ユミールは自嘲気味の笑みを浮かべて言葉を続けた。

 

「もっとも、今となってはユミール家の文書もほぼ全て紛失してしまっていますし、残っていたとしても研究内容を書き残すのに使われていた古代語の辞書も散逸してしまって、私も呪法について何も知らないのですけれどね」

 

 その目が異様に据わっていて、目が合った瞬間にぞくりとした。

 

 丁度その時、「白湯をどうぞ~」という場に空気をぶち壊すような声が割り込んでこなかったら、俺は剣を抜いていたかもしれない。

 

 割り込んできたのは、エプロンをつけた小太りのおばちゃんだった。彼女は湯気の昇る湯呑を置くと、

 

「お客さんたちは、軍人さんかい?」

 

 そのまま離れることなく尋ねてきた。他に客もいないし、よっぽど暇なのだろう。そのおかげで重苦しい雰囲気が吹き飛んだので俺は少しだけほっとしていた。

 

「ああ……俺は違うけれど……」

 

 俺は白湯をすすりながら答える。ユミールは無言だった。俺もユミールも、身分を隠して旅をしているわけではなかったが、ごくごく普通の旅装束で、騎士団を想起させる格好ではない。しかし国内を通行するのに色々便利だからという理由で、ユミールの肩には騎士団に属していることを示す金色の階級章が光っていた。多分、これを見て気付かれたのだろう。

 

「この村に生まれて50年くらい経つけれど、何年かに一度はアンタ達みたいなのが来るねェ……。大蛇退治でしょう? もっとも、誰一人戻ってこなかったけれど。最後に騎士団の人が来たのは確か……2年くらい前だったかねェ?」

 

「3年前ですよ」

 

 相変わらず視線を不味い茶の入った湯呑に落としたまま、ユミールは静かな口調で訂正を入れた。

 

 口調とは裏腹に、ユミールの眉根がピクリと跳ねあがり、一瞬殺気にも似た空気を発した……ような気がした。次の瞬間にはいつもの柔らかい雰囲気に戻っていたので、本当にただの気のせいかもしれないが、俺には気のせいとは思えなかった。

 

 この男の中には、おそらく底知れない闇が存在する。この時俺はそんな確信を抱いた。そして、俺が、この先の大蛇討伐に対して得体の知れない不安を感じたのは、この時が初めてだった。

 

「そんなになるんだったかねェ……。まぁ、あんたたちも、せいぜい気をつけて、命を惜しみなよ」

 

 おばちゃん小さく肩をすくめた。

 

「……何だか、その口調だと、大蛇退治なんてできっこないと思っているみたいだけれど?」

 

 俺は今さっき胸の奥に沸き起こった不安を振り払うために大きく首を振ってから、おばちゃんに問いかけた。このおばちゃんが大蛇のことについて何か知っているのならば、話してもらった方が得策だとおもったのだが……。

 

 

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