北の森の大蛇【8】


 

 長い時間をかけて森を切り開いて道が作られ、時間をかけて宿場の街として整備が進められた。王都からやや遠いが夏場も涼しいため避暑地として整備しようとも試みられていたし、そのために治安組織の強化もなされた。

 

 しかし、その試みの全てが徒労に終わる。

 

 300年前のある時……あの大蛇が突如として現れたからだ。何の前触れもなく、突如として、出現したと伝えられる。

 

 商隊のキャラバンが次々と襲われ、討伐に向かった騎士団も蹴散らされ、管理する者がいなくなった道は時とともに消えていった。大蛇を恐れて人々は寄り付かなくなり、そんな土地に金はかけられないと見切りをつけた国は予算を打ち切った。

 

 北の王国との交流は、今となっては大きく迂回した危険な海路を通じて、数年に一度互いの使節が行き来する程度の関わりしかない。

 

 人の寄り付かなくなったラェールの村は、今では北の森の隅の木を切り倒して作った木炭を産業にして細々と生計を立てるだけの閑散とした村になってしまっていた。

 

 この食堂が村の規模に対して、無駄に広い間取りになっているのはその頃の名残なのだろう。

 

 その空間に微かにぴりりと震えた。

 

「少し違う、とは?」

 

 と、俺は問い返した。

 

 自分の考えを一言で否定されたので、自分の言葉の中にささやかながら怒気が含まれていることに、自分でも気付いた。

 

 それに気付いているのか、いないのか、ユミールは俺の問いへの返答として語り始めた。

 

 その話に、俺はついさっき覚えた微かな怒りを忘れた。

 

「いわゆる“魔獣”と呼ばれる存在の類は、人間が作り出したものです。決して自然発生したものではない。これは、ほとんど知るもののいない、闇から闇に葬られた秘密なのです」

 

 ユミールは、とてもではないが嗜好品などとは呼べない渋みしか感じないお茶をすすりながら言った。

 

 まるで世間話でもするような口調で。

 

 俺の中のちっぽけな世界観がひっくり返ってしまう事実を。

 

「今は歴史の闇に消え去った禁じられた“呪法”の存在はあなたもご存知でしょう?」

 

 俺は出されたお茶に舌をつけた瞬間吐き出しそうになって慌ててテーブルの上に陶器の湯呑を戻した。ユミールに話を中断させて、小太りで愛想のよいおばちゃんに白湯を頼むと、彼女は嫌な顔をすることなく店の奥の厨房へと入っていった。

 

 俺は、話を続けた。

 

「……しかし、“呪法”なんてのは伝説の中のおとぎ話だろ? 俺だって退治屋の仕事を始めて長いが、そんな呪法を使う者になど、会ったこともない」

 

 呪法とは、伝承話にはよく出てくる人の中に内在する霊力を用いる万能の術のこと……と伝えられている。

 

 世界の物理法則を無視したそれは、時に人が自在に空を飛ぶことを可能にし、炎を作り出し、遠くの場所から人を呪い殺し、地震を起こし、人の心を弄ぶ。およそできないことは何もないほどの力である。また、呪法を使う者は呪術者と呼ばれ、たった一人で大軍を壊滅させたり、町一つを焼き払ったり、国の運命を左右するほどの力を持っている者もいたと伝えられる。

 

「呪法を研究している者は、決して人前には出てきません。歴史的に何度も迫害の憂き目を見てきましたから。それに、呪法というのは個々人の生まれながらの才能の影響があまりに大きく、同じことを別々の人間がやったとしても、同じ結果が得られるとは限らないのです。あまりに安定性が悪く、運が悪ければ簡単に暴走して呪術者本人どころか最悪町一つまるごと巻き込んで破滅させてしまう。さらに、300年前の呪術者追放令……」

 

「呪術者追放令も、歴史の事実だったのか。てっきりただの出所不明の伝説めいたむかし話だと思っていた」

 

「……事実だったんです。追放令とは名ばかり。その実態は凄惨な呪術者狩りでした。多くの呪術者が問答無用で殺害され、書物も、研究場所ごと焼き払われました。あまりの凄惨さに事実を明らかにすれば王家の存亡に関わるほどの非難を浴びかねないと、呪術者追放例があったという事実さえ封印されました。……長年にわたる呪法の研究成果とその膨大な知識とともに」

 

 

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