北の森の大蛇【7】


 

「とにかく、命を惜しむのなら、さっさと戻るがいい」

 

 しかし、「そういうわけにはいきません!」ときっぱりと拒否された。「これは、僕とあなたの任務です!」と続けるユミールを見ながら俺は思った。一体誰のせいでこうなったと思っているんだか……。

 

 童顔の顔を目を吊り上げて無意味に男前の顔を作って声を荒らげるユミールに苦笑する。俺の目つきは、さっきまでとは変わっていなかったかもしれなかったが、今はただ呆れているだけだった。

 

四.

 

 ラェールの村は、王国の北端にある。王国の首都から俺たちの足なら3日の位置にある小さな閑散とした村だ。村の中に一歩足を踏み入れると、あからさまに警戒するような視線が俺とユミールに向けられたのを感じた。閉鎖的で他所者を受け入れない空気など初めてでもなかったので俺はスルーする。ユミールは無言だったので、この視線をどう受け止めていたのかは分からない。気付いていないほどに鈍感ではないだろうと思ったが、わざわざ聞くようなこともないと感じて聞かなかった。

 

 この辺りまで来ると、季節に関係なく年中あまり気温が上がらなくなる。初夏だというのにかなり肌寒かった。もちろん冬場は大量に雪が降って身動きが取れなくなることも珍しくない。昼間でも凍ることもある。そんな不便な土地に産業が根付くこともなく、今となってはやってくる他所者は無謀な旅人か追い立てられた犯罪者ばかり。村人からみれば厄介事や災厄を持ち込むことはあっても恩恵を与えてくれる存在ではないのだろう。

 

 他所者を見る目が厳しいものになるのも無理からぬことだろう。

 

 だが、いくら不愉快な視線にさらされようとも、ここが北の森に近接している村であり、ベッドで休めるのは最後である。因縁を吹っかけられたわけでもないのだから多少の不快感には目をふさぐべきだろう。

 

「祭りがあるよう……ですね」

 

 ユミールが足を止める。

 

 目の前の広場には太い木を組み上げられていた。いかにも、これから火をつけますといわんばかりに枯れ草やらが積まれている。

 

「……俺にはゴミを積み上げているようにしか見えないけれどな」

 

 気にしていないつもりだったが、全身に纏わりつくような不快さに相当毒されていたのだろう。こんなちっぽけな村ではこんなものが限度だろうと知りつつも、思わず悪態が口をついて出た。

 

 例年秋口に北の森で命を落とした人の慰霊祭――大蛇に殺された者のみを対象にしたものではない――と、森の恵みに感謝する祭とが同時に開かれる……という話は村に来る前の簡単な調査で知っていた。

 

 北の森で命を落とす人の全てが大蛇に殺されたわけではない。自然は様々なものを人間に与えてくれるが、時に人間の命を無慈悲に奪う。自然の脅威と恩恵は、時として隣り合わせの関係にある。自然の恐ろしさを知ることと、自然の恵みに感謝することは、決して相反する行為ではない。

 

 大蛇に殺されたものも、そうでない者も、同じ自然の中で死んだ者。そこに何ら区別はない。

 

 俺はそんな解釈を披露してみせたが、

 

「それは少し違いますね……」

 

 とユミールは否定の言葉を口にした。

 

 ラェールの村の一つだけの食堂兼宿屋で俺とユミールは向かい合い、少々早めの夕食ををとっていたときのことだ。店の中は古びてはいるもののそこそこ広く、10程度のテーブルが置いてあり、椅子も30ほどあったが、俺たちの他に、客の姿はない。

 

 簡素なパンと豆のスープを口に運ぶ。これがユミールの言うところの「森に入る前の最後の人間らしい食事」らしいが、正直なところ前線の糧食のほうがまだマシ、といった代物だった。

 

 ラェールの村は今でこそ寂れているが、かつては北の森のさらに北にある雪と氷に覆われた王国との貿易の中継地として相当栄えていたらしい。あの大蛇がこの地に出現する遥か昔の話だ。

 

 

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