北の森の大蛇【6】


 

 軍を離れてから、それなりにモンスターハンターの経験をつんできたが、敵の勢力下で身動きが取れなくなるという状況に遭遇したのは今回が初めてだった。そのせいか、とりとめのないことばかり、頭に浮かんでは消えてきた。周囲への注意を怠らないにせよ、頭をやすませてやった方がいいとは思いつつ、負傷と疲労のせいか思考の枝葉が次々と拡がっていく。

 

 あるいは、この2日間、ずっと何かに見張られているかのような不可思議な視線のようなものを感じ続けているせいかもしれない。こういう空間では、常に鋭敏に神経を張り詰めていなければならないために、逆にそこに存在しないはずのものが見えたり聞こえたりしてしまうことがある。幻覚や幻聴の類である。

 

 結局、考えても結論が出ないことは考えない方がいい、という結論に達した時、すぐ近くに比較的大きな生物の気配が現れた。俺は木に背中を預けたまま、とっさにいつでも鞘から抜けるようにすぐ手元に寝かせていた長剣に手を伸ばす。

 

 しかし、「大丈夫ですか……?」という声とともにユミールが姿を見せたので俺は剣の柄から手を離した。

 

「お前か……平気だ」

 

 俺は言いながら、身体を起こす。ユミールは右手に短剣を握り、左手に仕留めたばかりと見られる兎の首筋を掴んでいた。食料の調達をしてきたらしい。

 

 踵を返して駆け足で泉へと向かうと、泉から水を調達してくると、短剣を取り出し器用にウサギを捌いて調理の支度を始めた。

 

 ユミールが今まで生きていた動物を殺し、裁いていく様子をぼうっと見つめながら、血を見るのは嫌いなタイプかと思っていたが……と再びどうでもいい思索が頭の中で渦巻き始めた。

 

 俺が受けた依頼は、このユミールが北の森に巣食う大蛇を退治する手伝いをせよ、というものだったのだが、実はこういった依頼は珍しくない。

 

 名門出身のボンボンに少しでも箔をつけさせるために、高額な賞金のかかった魔獣退治などを行うのだ。大抵の依頼者は、これから軍役に就く有力者の息子だ。もちろん、その後の出世に何かしらの影響がある、というわけではないはずだが、部下から舐められないようにするのに都合のいいやり方である、と考えられているらしい。

 

 もっとも、部下の側から見れば、昔何をしようが、今、戦場で役に立つかどうかの方がはるかに重要で、魔獣の一体や二体倒したところで、何の意味もないことなのだが。

 

「……大分楽にはなった」

 

 怪我の具合を聞かれた俺は、そう答えた。

 

 大蛇の血を受けた右腕は、多少しびれは残り、酷く重く感じて上げ下げするのは億劫だったが、それでも最も酷かった時よりもずっと楽になっていた。

 

 ユミールが焼き始めた野兎の肉が焼ける匂いに、食欲を感じられる程度には。

 

「戦闘はまだ難しいが、そう時間がかからずに全快するだろう」

 

 券を握った右腕を何度か曲げて伸ばして見せるが、それでも、ユミールの表情から不安が消える気配はない。

 

「本当に大丈夫ですか? せめて、ラェールの村まで一旦戻って医者に……」

 

「臆病風に吹かれたのなら、勝手に戻ってかまわない」

 

 俺は右腕を押さえながら突き放した。

 

 内心、こいつがいない方が楽だという思いがなくなったわけではない。少なくとも自分の背中に間違ってナイフを当てられる心配をする必要はなくなる。

 

「お前は、任務を放棄して帰ればいいだけだと思っているのだろうが、俺は逃げ帰ったら報酬どころか前金まで返さなければならなくなる」

 

「あなたは……自分の命と、お金とどちらが大切なのですか」

 

「……苦労をした経験のない人間はこういう台詞を平気で吐く」

 

 俺は、侮蔑の視線を向けながら答える。

 

「命は結果で金は目的だ。並列に並べて論じる方が間違っている」

 

 俺は言いながら自分がまだ抜き身の剣を握ったままなのに気付いた。剣を鞘に収めると地面に横たえて、小さく息を吐き出してから言った。

 

 

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