北の森の大蛇【5】


 

 口元にはいかにも育ちがよさそうな微笑を浮かべている。実際、この若さで近衛軍団に配属されたのなら相当の名門だろう……。

 

 出来るだけ表情を変えないように心がけながら、心の中で目の前の男について色々と考えをめぐらせた。俺を見下すでもなく、敵愾心を燃やすわけでもなく、かといって道端の石ころを見つけるような無関心でもない。ごくごくごく稀にコンプレックスというものを全く持たない人間というのもいるものだが、この男はそういうタイプだ。

 

 それが、俺が目の前の男に大して持った印象だった。

 

「ああ、そうだったな」

 

 レンドは言いながら、手で彼に前に出るように促した。

 

「ランバード・ユミールです」

 

 彼――ユミールはそう言って、先ほどのレンドと同じように手を差し出してくる。「よろしく」と言った瞬間に、ユミールの口元の微笑がすっと消えた。

 

 俺は、その手を握り返して、小さく眉を潜めた。義務的に軍役に就いている男かと思ったが、その掌の皮は厚く、剣だこがはっきりと分かるほど盛り上がっていた。よくよく見ると体格の割に肩幅は広く、握力も強い。きっと腕も相応に太いだろう。おそらく毎日木剣を振り回しているのだろうな、と思った。

 

「クロス・リードだ。よろしく」

 

 俺にはあまり上級の貴族と話した経験はなかったが、それでも敬意を込めて自己紹介をするつもりだった。……が、口からついて出てきたのは同格の相手に対してそうするような荒っぽい言葉だった。だがユミールの表情を伺うと、気にした様子もなかった。

 

 互いに手を握り、そして放すと、

 

「さて……では、お前への依頼の話をしよう」

 

 と、レンドが言った。

 

三.

 

 俺は、泉のほとりの比較的大きな木の幹に背中を預けて地面に腰掛けていた。その体勢のまま、しばらくの間まどろんでいたらしい。目を開いてもしばらくの間 少しぼうっとしていた。

 

 奴と――大蛇と遭遇してから2日が経とうとしていた。比較的楽になっていたが、それでも全快には程遠い。

 

 空は青空が広がり、木々の中で水辺にいると、あまりに静かで、あの恐ろしい大蛇が徘徊している森の中にいるのだということを忘れさせられる。小鳥のさえずりや、虫の羽音がとても遠くから聞こえるような気がする。視界の端を、小動物が通り過ぎた。

 

 一瞬、捕まえて次のメシにすればよかったかと考える。この2日間は非常食の味気ない乾パンばかりだ。最後に町で温かいスープを食べたのはいつだっただろうかと考え、「ああ、あれも不味かったな」と数日前の食事の味を一瞬反芻した。

 

 野生動物には独特の臭みや臭いがあるが調理しだいでどうにでもなるし、意外にいけるものも多い――。そう思うと、さっき逃げていった小動物が何だったのかわからないが、途端に大きな獲物を逃したような気がして、唐突に可笑しさがこみ上げてきた。

 

 同時に、奴は……あの大蛇は、普段、何を食っているのだろうか、という疑問が頭を過ぎった。食いちぎられた人間の死体――ほとんどがかなりの年月を経て白骨化したものばかりだったが――は、この森を探せばすぐに見つかるが、死体に口をつけた形跡は見えなかった。

 

 しかし、あの巨体を維持するための食料の調達は簡単なものではあるまい。もちろん、人間の想像を超えたところにあるのが魔獣の魔獣たる所以なのではあるが。

 

 ところで、森で食料を調達する時は、熊などのその地域内で最も強い動物を殺してはならない、という鉄則がある。

 

 その枠内で生態系の頂点にいる存在を殺してしまえば、異変を察知した他の動物たちが一斉に逃げ出してしまい、食料の調達が困難になるからだ。

 

 この森の生態系の頂点にいるのは、間違いなくあの大蛇だ。もしも、あの大蛇を殺してしまえば、この森はどうなるのだろう。

 

 ……。

 

 

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