北の森の大蛇【4】


 

 俺を案内してきた兵士が部屋を出て一礼し扉を閉めるのと、レンドが立ち上がったのはほぼ同じくらいだった。

 

「久しいな。クロス」

 

 レンドは笑いながらそう声をかけてきたが、その声の響きを聞いて、俺は相当の厄介事が持ち込まれたのだろうと考えた。

 

 俺とレンドが同じ軍団にいた頃、俺たちは互いに反目し合っていた。その当時、俺たちが配属されていたのは最前線の最も過酷と称されていた土地だった。いつ蛮族の急襲があってもおかしくない。毎日極度の緊張を強いられ、休むことさえままならなず、事が起これば全滅必至の忌まわしい地である。

 

 そんな場所に配属される貴族といえば、下級幹部候補出身で力量を認められて最も過酷な任務に耐えうる精神と肉体と統率力を持っていると見込まれた優れた職業軍人。あるいは、中央での権力闘争に敗れて命の危険と隣り合わせの任地に左遷されたかどちらかだ。何かしらの理由で自暴自棄になった自殺志願者――ということもごく稀にはあるかもしれないが、幸いには俺はそんな奴にお目にかかったことはなかった。

 

 そして、レンドはあからさまに後者の人間だった。もともと身分の高い貴族だったが、政治にのめり込み過ぎた。レンドが属していた派閥の領袖が政争に敗れて中央を追放されたために、彼にも報復人事が待っていたのだ。

 

 追放されていた上級貴族は、レンドが左遷されてから3年後にどういう手を使ったのか分からないが中央に復帰し、そのおかげでレンドも中央に戻り、今や近衛軍団の長官として権力の中枢にいる。俺はこの元上官が任地からいなくなった半年後に任期が切れ、更新を行わずに軍を去る道を選んだ。

 

 同じ任地にいた間は、俺のような叩き上げの下士官たちは、前線に上級貴族や中央の論理を持ち込むレンドとは全くそりが合わず、時に怒鳴り合ったことも何度もあった。軍人は戦争のことだけ考えればよいという考えの俺には、軍役も政治の延長であると考えるレンドの思考は理解の範疇にあった。レンドのほうから見た俺も同じだっただろう。

 

 俺たちにとっては、軍役を政治の世界でのステップアップにしか考えていないレンドの姿勢は、命掛けで任に就いている部下に対して不誠実であり、侮辱的な存在ですらあった。

 

 逆に元上官から見れば、俺のような叩き上げの兵士は、足下しか見えず大局観を持たないただの戦争屋に過ぎなかっただろう。

 

 まさしく水と油。到底相容れない者同士だった。

 

 つまるところ、あの当時の俺にとっては、この元上官は不倶戴天の敵であり、それは向こうからしても同様で、レンドが何よりも誰よりも俺のことを嫌っていたとしても不思議はなかった。

 

 だから、何のわだかまりも抱いていないような、にこやかな笑みを浮かべながら手を差し出してきたのを見て、かなり面食らったのである。

 

「お前の活躍も色々聞いているよ。魔獣の退治屋をしているそうだな。……今は、モンスターハンターなんて言ったりするんだったか?」

 

「どちらでも良いですよ。何と呼んでみたところで、やることは変わらないのですから」

 

「なるほど、違いない」

 

 この男がどうやって再び権力者の椅子を手に入れたのか分からない。しかし、権力というものを持つと人間はそんなに鷹揚になれるものなのだろうか。かつての感情の対立など、些末なことだったと流してしまえるほど。あるいは、5年というのは、諍(いさか)いなどなかったことにしてしまえるほどの時間なのだろうか。こだわっていると思っていた自分が卑小なだけなのだろうか。

 

 なんにせよ、相手側が、昔のことを蒸し返すつもりが無いのなら、こちらもにこやかに応じればいい話だった。俺は、警戒しつつも、差し出された手を握り返した。

 

「……長官。積もる話もあると思いますが、本題を先にお願いできますか? 準備しなければならないこともありますし」

 

 長官の机の前で座っていた若い男が立ち上がる。俺よりやや背が低い小柄な男だった。軍服の下の胸板もあまり厚くなさそうに見えるし、あまり筋肉質にも見えない。

 

 

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