北の森の大蛇【3】


 

 いなかったが、得体の知れない何かに見られているような異様な感覚はその後もずっと残り続け、俺は腰に下げたミスリル製の長剣の柄から手を離すことはできなかった。

 

二.

 

 俺がランバード・ユミールと初めて出会ったのは宮廷でのことだった。季節は初夏。俺の仕事に季節はあまり関係はないが、暑いのは魔獣も苦手なのかあまり夏場は活発には動かなくなる。

 

 俺は5年前まで王国軍に所属していた。キャリアの最後のころは蛮族との国境に接する最前線に配置された師団の百人隊長だった。その当時に俺の所属していた軍団の連隊長だったレンドという男が、今の国王直轄の近衛軍団――一般的には親衛隊と呼ばれている――の長官になっていた。そのレンドから俺は理由を告げられることなく急な呼び出しを受けたのだった。

 

 宮廷の裏門の門番に、近衛軍団長官からの召集状を見せて中に入り、宮廷の敷地内にある親衛隊の詰所へと向かう。親衛隊は王家のお歴々や、王侯貴族、各国からの要人の警護などを行うエリート中のエリートが所属する部隊である。もちろん、団員の出自も上級の貴族や中には王族と縁の深いものも多い。俺のように僻地で蛮族を相手に剣をふるっていた人間には、本来縁のない世界である。

 

 下級貴族の出身だった俺は軍に15歳の時に入隊し、10年間所属し百人隊長までなった。だが俺の出自ではせいぜい大隊長くらいまでの出世しか望めなかった。軍の兵士の給料などタカが知れている。軍人は名誉がなければ戦えないというが、それ以上に俺には金が必要だった。任期が切れるのを期に軍を離れ、魔獣の退治屋――昨今ではモンスター・ハンターなどという気取った呼び方をされているようで、俺も好んでその呼称を用いていた――として身を立てることを選んだのはその為だった。

 

 近衛軍団の営舎は、宮廷の一角にあるだけあって小奇麗だった。様々な装飾が施され、迎賓館のようだと言ってもあながち誇大広告ではない。俺が、かつて在籍していた国境師団の石造りで武骨で頑丈さだけが取り柄の要塞とは大違いだ。

 

 親衛隊の詰所――詰所などというにはあまりに豪華で大きな建物だったが――にはいると、数人の親衛隊の白い軍服を着た兵士が中にいた。詰所の中はやはり広く華美なつくりだった。真っ赤な絨毯は毛が長くふわふわしていて、その上に足を乗せるのに一瞬ためらった。中に入ると、全員が俺を一瞥するとすぐに関心なさそうに目を逸らした。俺は一番奥でふんぞり返っていて一番偉そうな男のところにつかつかと歩いていき、召集状を見せるて、自分を長官のところに案内するように要求した。俺の事を聞いた男は不快そうな顔をしたが、入り口に一番近いところにいた兵士をあごでしゃくって呼びつけると、その兵士に長官室に案内するようにとぞんざいに言った。それを聞いたの兵士も面倒くさそうな表情を見せたものの、今度はたらい回しにはしなかった。俺は「こちらへ」と言った若い兵士の後に付いて行った。

 

「お連れしました」

 

 俺を案内してきた兵士は長官室のノックを3回してから「入れ」の一言がかかるのを待って扉を開き、俺は中へと通された。

 

 中に入ると見覚えのある顔と、見覚えのない顔のふたつがあった。一つは言うまでもなく元上官で現在の近衛軍団長官レンド。まだ50になる直前のはずだ。昔に比べて頭髪が薄くなったようにも見えるが、顔のほかの部分は以前よりも艶々して少し太ったように見える。

 

 入って正面に長官の机があり、その向こう側に椅子に腰かけたレンドの姿があった。その机を挟む格好で、俺から見ると机の手前に若い男が椅子に腰かけていた。彼も他の親衛隊の兵士同様白い兵装を身につけており、つまり親衛隊の兵士ということだろう。ぱっと見20代の前半か、下手をすれば10代後半でも通りそうなくらいの若い優男だった。……後で聞いたところ、まだ17歳だった。若い男は微笑を浮かべ、俺に向かって会釈をした。

 

 

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