北の森の大蛇【22】


 

 ……そういえば、先ほどのミスリルの長剣を握っていたのは、あの時の男ではなかったかと、思い至る。

 

 刃が入り込んで首をうまく動かせなかったので、俺は目を向けて痛みの元を探った。

 

 するとさっきの男が剣を俺の首……丁度、顎の下辺りに、長剣をつき立てていた。やはり……あの時の男だ。

 

 その眼に宿るのは、怒り? 憎しみ?

 

 ごぼりっ! と、俺の喉から生温かい液体が駆け上がって来て、口の中は血の味で充満した。口中に広がった血液を、俺はユミールの下半身ごと吐き出した。

 

 地面を赤く染まる。しゅうと音を立てて赤い湯気が立ち上る。

 

 ……そうか、次はお前か。

 

 あの時――50年前と同じだな……。

 

 と、思った。

 

 ミスリルの長剣を携え、ユミールと共に北の森の支配者たる大蛇を狩に来た男。

 

 ……お前は、ユミールが雇った退治屋か。気の毒な退治屋だ。こんな奴に関わったばかりに。

 

 自分の死を悟った俺は、憐みの目を男に向け、小さく笑みを浮かべた。浮かべたつもりだったが、蛇の笑った顔を見たことのない俺は、自分が一体どんな顔をしているのか分からない。

 

 しかし、自分の生きる目的は、復讐は、果たした。

 

 俺は満足だった。

 

 満足、だった。

 

 俺の後を引き継ぐ哀れな退治屋。

 

 次に殺されるまで、まぁ、頑張るといい……。

 

 退治屋……ああ、そう言えば、今はモンスターハンターと呼ぶんだったな。

 

 俺の最後の思考は、そんな仕様もないことだった。

 

十.

 

 

 俺は、大蛇の口から大量の鮮血が流れ出たのを見て、自分の任務が終了したことを知った。

 

 ……奴は、最期に笑ったのか?

 

 大蛇の首に剣を真横から突き刺した直後の一瞬、確かに奴と目があった。感情を読み取れない、丸いその瞳が、ふっと笑ったように揺れたように感じた。

 

 その瞳にどのような意思が込められていたのか、俺には知りようがない。

 

 そして……大蛇はゆっくりと倒れた。

 

 真横に倒れた大蛇は、もはやピクリとも動かなかった。

 

 剣を引き抜き、血糊を拭い、鞘に納めると、俺は長年この森を支配し続けた大蛇に対し、ささやかな黙とうをした。

 

 それからすぐに、ユミールの所に駆け寄った。

 

 ユミールはカッと両目を見開いたまま、胴体を二つに裂かれて、完全にこと切れていた。ユミールの周りには大蛇が吐き出した血が酷い匂いを発していた。大蛇に咥えられていたユミールの下半身は酸を含んだ大蛇の血で腐食したような無残な状態になっていた。

 

 しかし、幸いだったのは顔が綺麗だったことだった。

 

 首だけなら持ち帰ってやれるかもしれない。

 

「助けてやれなくて、すまない」

 

 俺は呟くとユミールの傍らに膝をつき、ユミールの土気色に変わった顔に手を置いて、その目をそっと閉じさせた。額に触れると、まだ熱を帯びているような気がした。

 

 目的は達したとはいえ、犠牲は大きかった。せめてユミールと大蛇。それから名も知らぬミスリルの長剣が刺さったままのミイラの墓くらい作ってやろう。

 

 俺は、ユミールの死体を見つめながら、この仕事を俺のモンスターハンターとしての最後の仕事としようと考えていた。

 

 彼らのためにしばらく黙祷していたが、ガサガサ! と、草むらが揺れたので俺はそちらに目を向けた。

 

 いつの間にか黒装束に身を包んだ5人組が現れていた。いずれも、相当の手練と思われた。

 

「何者だ」

 

 俺は大蛇から抜き取ったばかりの長剣を握り締めた。

 

「やったのか?」

 

 黒ずくめの一人が、ずいっと口元の布を外しながら尋ねてきた。

 

「アンタは……」

 

 その声には聴き覚えがあった。ユミールの仕事の依頼を受けた時に会ったユミールの上司だった。確か、名をウォールと言ったはずだ。

 

「ああ……だがユミールは」

 

 俺はユミールの死体に視線を向けた。

 

「ああ……残念なことだ。ユミールの死体は王都へと連れ帰り、英雄として崇めよう」

 

「そうしてくれ」

 

 俺は言いながら肩をすくめた。死んでからもらえる褒美や名声になど意味はない。しかし、死んでも勲章の一つも貰えないのでは、ユミールが浮かばれない。

 

「だが、アンタ達は、俺たちをずっと監視していたのか?」

 

 俺は、これまでこの森の中で何度か不可解な視線を感じていたことを思い出した。この森の独特の空気が作り出す幻覚だと思い込んでいたのだが。

 

 監視か?

 

 それとも俺たちが失敗した時の保険か?

 

 俺は問う。

 

「無論、君たちが奴を倒すことが出来るならそれに越したことはなかったがね。まぁ、念には念を、ということだ」

 

「ずいぶん、用意のいいことだ」

 

 俺はもう一度肩をすくめた。

 ユミールが聞いたら何と言うだろう。

 

 何を思うのだろう。

 

「では、報酬の話をしようか」

 

 ウォールが近付いてきながら言った。そのにこやかな表情と、大蛇との戦いの疲労が、俺の注意を鈍らせた。近づいてきたウォールは、あっさりと俺の間合いの内側に入ってきた。

 

 

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