北の森の大蛇【20】


 

 ユミールがとっさに両腕で風圧をこらえようとした。

 

 俺はユミールの胴体を食いちぎるつもりで頭を突き出した。風圧で動けなかったユミールだったが、俺の顔が近づいていくととっさに左に向けて横っ飛びに逃げた。しかし、一瞬遅かった。俺の口は胴体を咥えることはできなかったが、その牙が左腕に突き刺さったので、大きく頭を振り回した。

 

 俺の牙がわずかに刺さっただけの状態のユミールのを上下左右と大きく揺さぶる。

 

 ギャーッ! というユミールの悲鳴が聞こえた。

 

 ユミールの体が蹴ったボールのように大きく宙を舞い、30歩ほど離れたときにドサリと落ちてそのまま転がった。

 

 それほどの時間振り回していたわけではなかったが、よろよろと立ち上がったユミールの体はまるでぼろ雑巾のようにズタズタで、血まみれだった。

 

 口の中に気持ちの悪い感触が残っているのに気付いた。

 

 “人間”だったころに口の中に細かい土が入り込んだような気持ちの悪さ。俺は口の中に入った異物を、ペッと吐き出した。

 

 どさっと血まみれの棒のようなものが転がる。

 

 ユミールの腕か……。俺は目の前のよたよたと何とか体を支えているだけのユミールに目をやる。真っ赤に染まったユミールの体には、なるほど左腕が付いていなかった。

 

 ユミールも俺のほうに目を向けていた。生きているのか死んでいるのかよく分からないような目だった。その目に浮かんでいるのは怯え?

 

 死への恐怖か?

 

 圧倒的な力に対する畏怖か?

 

 しかし、それもこれも、すべてはこの男自身の手で招いたことだ。因果応報という言葉ではまだ足りない。

 

 どんな謝罪も、どんな償いも、俺のこの姿に対する報いに値しようはずがない。

 

 せめて……死んで償え!

 

 俺は大きく頭を上げ、口をこれ以上ないほど大きくあけた。ユミールの胴体をまっぷたつに食いちぎるだけでは足りない。生きたまま五体をバラバラにして、肉片一つ残さず腹の中に納めてやるつもりだった。

 

 もはや、ユミールに抵抗する力など残されていない。

 

 まずは右腕から、ゆっくりと食いちぎってやる。

 

 だが、俺が本懐を遂げようとしたまさにその時、首の裏から背筋にかけて電流が走ったような痛みが俺を襲った。

 

 首の裏――。

 

 まさに、先ほどユミールに銀の弾丸を撃ち込まれた場所だった。なぜいまさら。俺は体をひねって大きく仰け反った。動けば動くほど、弾丸が俺の中にめり込んでくるような感じだ。まずはこの弾丸を取り出さなくては……。

 

 おのれ……。

 

 おのれ……。

 

 俺にはよろよろと立ち上がったユミールが、千切れた左腕の付け根から血をしたらせ、言葉にならない声をあげながら、よろよろとした足取りで森の中へと消えていくのを、今は人間の言葉を発することができなくなった口の中で呪詛を繰り返し唱えながら、見届けるよりなかった。

 

 だがいつか、いつか必ず奴はやってくる。戻ってくる。俺の体から弾丸が浮き出てポロリと落ちたのは、ユミールの姿が見えなくなってから程なくだった。

 

 俺は、ついさっきまで大蛇の依代だったユミールの親友という兵士の干からびた死体を見ながら考えた。その死体にはさっきまで俺が握り締めていた長剣が刺さったままになっていた。

 

 もはや俺には無用の長物になった長剣だが、こいつに刺さったままにしておくのは癪だった。

 

 取り返そうと思って顔を寄せて、ふと思いつく。ランバード・ユミールは必ず戻ってくる。この死体を取り戻すために。いつか必ず。その時に分かりやすいように、目印くらいはあったほうがいい。

 

 

19】へ  【目次】  【21】へ

 

▼あなたのクリックが創作の励みになります。▼



▼感想をいただけると更なる励みになります▼
 
『北の森の大蛇』の感想