北の森の大蛇【19】


 

 声だけではユミールがどんな顔をしているのかわからない。その感情も読み取れない。だが、とても恐ろしいことを話しているのはわかった。

 

「この大蛇が一体何体目かはわかりません。しかし、この大蛇は私の親友――3年前にこの森に入り帰ってこなかった兵士です。ラェールの村の食堂の女主人は気づかなかったようですが、私もあのときも一緒にこの森に入ったのですよ。そして、私は親友が大蛇を討ち果たし、醜い異形へと姿を変えるのをただ見ていることしかできなかった。……あのとき、この恐ろしい事実を知っていれば、この森の大蛇討伐など、絶対に来なかったものを」

 

 ユミールの長い話が続く中で、俺はだんだんと自分の体が熱くなるのを感じていた。そして、筋肉が隆起し、骨がきしみ、自分の皮膚が鱗へと変質していく様を、はっきりと感じていた。

 

「私は、彼を人間に戻す方法を必死で探しました。しかし、結局のところ、それは不可能であると結論づけるよりありませんでした。せめて、私は彼の遺体を持ち帰らなくてはなりません。ともに森へと入った者の最後の勤めとして。先ほどの見かけたミイラのような死体は、大蛇の依代とされた者のなれの果てなのです」

 

 俺の耳にカチリと撃鉄が起こされる音が届いた。

 

 俺は今どんな姿になっているのだろう。

 

 いや、もはやそんなことは最早どうだっていい。

 

 本当に重要なことは……。

 

 重要なことは……。

 

「あなたには申し訳ないことをしたと思っています。しかし、誰かが大蛇を殺さないことには、依代とされた者の体は解放されない。ですが、私が殺して私自身が大蛇になってしまったのでは、彼の遺体を持ち帰ることは不可能になってしまう。だから……必要だったのですよ。別の身代わりになってくれる誰かが」

 

 俺の目線はだんだんと高くなっていく。その間も、俺の背後から聞こえてくるユミールの独白は続いていた。

 

「この銃の中には銀の弾丸が入っています。こいつを撃ち込めば、わずかな時間あなたは昏倒する。死んでしまったら困るので、ね。それと、死ぬ前に一つ約束はします。あなたの、重い病の妹のこと」

 

 ……。

 

 俺はユミールに妹のことを話さなかったはずだ。

 

 なぜ?

 

 答えなど聴くまでもない。生贄の素性を調べるのは当然だろう。自分の目的に足るだけの力を有しているか、だけでなくその身元も。たった一人の身内のことも。

 

「それが、あなたが軍を辞めて実入りのいい退治屋の仕事を続けている理由。安心してください。彼女のことは、私が責任を持って……」

 

 その後の言葉は銃声でかき消された。ユミールが立て続けに発射した2発の弾丸は俺の後頭部にめり込んだ。

 

 ちくりと針で刺すような、蜂に刺されたような、熱いような、鋭いような、痛みがあった。

 

 だが――それだけだった。

 

 いまや、巨木のような背丈になった俺は、ゆっくりと振り返った。見下ろすと、銃口を構えたままのユミールが呆然としている。

 

「馬鹿な! なぜ効かない!」

 

 さっきまで余裕の態度を崩さなかったユミールの表情に驚愕の色が浮かび上がる。自分の描いたシナリオが根本的なところで崩れ、明らかに狼狽していた。

 

 さっきまで全く動かなかった俺の体が、今や、今まで以上に自由に動かすことができるようになっていた。不自由なことなど何も感じない。今の俺の体は、大きく、頑丈で、それでいて軽い。

 

 今の俺は誰よりも素早く、強い。全身から力がみなぎってくるかのようだ。目の前にいるユミールの胴体など、花を摘むように簡単に真っ二つにできるだろうと確信するほどに。

 

「妹のことまで知っていながらお前は……俺を!」

 

 と怒鳴ったつもりだったが、俺の口から出て行ったのはいびきにも似たただの音だった。しかし、口から吐き出した息は、台風のような威力を持った空気の固まりになってユミールに襲いかかる。さっきまで戦っていた大蛇が俺に対してそうしたように。

 

 

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