北の森の大蛇【18】


 

八.

 

 背中に走った鋭い痛みの原因が、ユミールが投げた投げナイフによるものだと気づくのには少し時間がかかった。その間に、険しく曇った表情を浮かべたユミールが、懐から二連発の拳銃を取り出して近づいてくる。

 

「……どういうことだ。ユミール」

 

「ごめんなさい」

 

 ユミールは謝罪の言葉を口にしながら近づいてくる。しかし、その声に感情は感じられない。ここにくるまでに、時折ユミールという人間の二面性を何度か見せられたが、ここにいるユミールこそがその本性。

 

 倒れ伏した俺は、ユミールの無機質な心のない声を聞きながら、自分こそ罠にはめられ、生贄とされる犠牲者なのだと、ようやく悟っていた。

 

 俺は立ち上がろうとしたが、膝にも太腿にも力が入らず、立ち上がれなかった。せめて背中に刺さった投げナイフを引き抜こうと試みるが、両肩も腕も動かせない。

 

 早い話、足といわず腕といわず、全身が痺れて動くことができなくなっていた。

 

「……特製の痺れ薬です。即効性があって、あなたのような屈強な退治屋でも、ほんの少し体の中に入っただけで動きがとれなくなります」

 

「貴様……」

 

 ユミールの声を聞きながら、俺は何とか自分の体で動かせる部位がないかと探った。しかし反応するのは唇や指先が微かに動くだけだった。

 

 だとすれば、どのくらいの時間があれば回復できるのか?

 

 ユミールの目的は何なのか……。

 

 自分の生存可能性をとにかく探らなければと考えた。

 

「お前の目的は何なんだ……」

 

 と俺は言葉を発した。声を出したつもりだったが、ユミールの耳に形のある言葉として届いたのか分からない。

 

 ユミールは語る。

 

 それが俺に対する返答であったのかは分からない。

 

「本当に、ごめんなさい」

 

 ユミールは言いながら、大蛇の喉笛に刺さったままの俺の剣を軽く揺さぶって隙間を作ると、その中に銃口を突っ込んだ。大蛇が消えそうなほど細い声を上げた。いや、喉の中の空気が漏れる音に過ぎなかったのかもしれない。

 

 大蛇の傷口から再び赤い血が流れ出てきて、ユミールが突っ込んだ拳銃を赤く染め、さらにグリップを握り締めて引き金に指をかけたユミールの手を焼いた。

 

 しかし、ユミールは眉一つ動かさず、素早く引き金を二度引いた。銃声は聞こえなかったが、確実に大蛇に“死”を与えたのは、傷口からあふれる血の量がさらに増したことで明らかだった。

 

 大蛇はもはやうめき声一つ上げなかった。

 

 傷口からだらだらと流れる大量の血液と、俺の目の前で白濁していく見開いたままの双眸が、大蛇が死んだことを示していた。

 

「……実は、この大蛇は不死身ではありません」

 

 全てが終わりユミールが静かに語り始めた。大蛇から離れ、動けない俺の後ろに立ったのがわかった。大蛇の目から命が消えていくのに合わせるように、俺の目からも視力が消えていった。

 

 俺の視界が闇に閉ざされる反面、俺の耳の中で反響するユミールの声だけが、くっきり、はっきりと聞こえていた。

 

 俺の後ろのユミールの呼吸の音、鼓動の音、骨のきしむ音……。そればかりか、草木が風にそよぐ音、どこかで鳴く虫の声、大蛇から命が尽きる音。聴覚のみが異様なほど鋭敏になっていく奇妙な感覚。

 

 これは俺にも死神が近寄ってくる兆候なのか……。

 

「私の300年前の先祖が残した日記を調べた結果です。この大蛇の魂は、自らを殺した者に乗り移り、新たな大蛇と生まれ変わるのです。なぜなら……」

 

 一旦言葉を区切る。息を吐き出すささやかな呼吸の乱れから、彼が笑みを浮かべたのが分かった。

 

「大蛇が死んだ時、大蛇を殺した者こそが、最も近くにいるからです」

 

 

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