北の森の大蛇【17】


 

 ユミールはこの場には不似合いにはにかみながら、「この拳銃は、50年前に死んだ彼の祖父の物なのです」と言った。ユミール家の没落を見つめ、再興の願いを託された銃に、この戦いの結末を託してみよう……と思い、拳銃を握ったユミールの手に、そっと俺は手を載せた。

 

「さて……ちょっと行って来る」

 

 俺は剣を引き抜きながら、野ざらしになって干からびて男女の区別さえ付かなくなった死体へと近づいていった。ミイラまで後10歩の距離まで近づいた時に気付いた。

 

 足元が――揺れている。 

 

 寝ていたら気付かない程度の揺れ。

 

 何かが地の底で蠢(うごめ)いている。

 

 何か?

 

 確かめるまでもない。

 

 下にいるのは大蛇だ。

 

 気づいた瞬間に、俺は剣を構えたままで地面を蹴って後ろへと飛び退いた。もちろん、ユミールの射撃の邪魔にならない位置に。

 

 飛びのいた俺を追いかけるように、地面が大きく盛り上がった。大蛇にまとわり付いた土砂が滑り落ちる。落ちた土の下から大蛇の巨大な頭を姿を現した。

 

 やはりでかい。俺くらいなら一息に飲み込まれそうなほどに。だが、それは的がでかいということでもある。硬い鱗で覆われていると言っても、狙うべき場所はいくらでもある。

 

 目や口が狙えればいいのだが……と思いながら、俺は、剣先を大蛇に向けて構えなおした。

 

 化け物め……。

 

 数日前に俺が付けた傷はもはや癒えたように見える。

 

 ……とんでもない回復力だな。

 

 ……それとも、この化け物にとっては、あの程度の傷は取るに足らないものだったのか?

 

 俺はそっと視線を木の陰に隠れたユミールのほうに目を向けると、ユミールが木の幹の陰から体を出して、両腕をまっすぐにのばして銃口構えるのが見えた。

 

 俺のほうに視線を向けたユミールが小さく首を縦に振った。

 

 それが戦闘開始の合図。

 

 剣を水平に構えた俺は、大蛇から見て左側へとすり足で移動する。そして、その剣の柄を握った手首をそっとまわして刀身を揺する。

 

 チカッ!

 

 ミスリルの剣に反射した光が、大蛇の左目に当たり、大蛇の注意がこちらに向いた。

 

 先日戦った時のように、俺に向かって顔を近づけ、威嚇するように大きく、大きく口を開いた。威嚇か、それとも”敵”の姿を捉えようとしているのか。

 

 俺はじっと息を殺して、その瞬間を待つ。

 

 パンッ! パンッ!

 

 立て続けに乾いた銃声が響いた。

 

 大蛇の大きな口から血が飛沫いたことでユミールの放った銀の弾丸が大蛇に当たったのがわかった。俺は大蛇の血が当たらないように静かに後ずさる。大きく大蛇が仰け反ったので、かつて俺を傷つけた酸を含んだ血が、ばさっと広範囲に飛ばされた。

 

 今の2発は、いわばユミールに対する義理のようなものだった。

 

 仕留める役目は俺。

 

 手柄を受け取る役目はユミールのもの。

 

 ここまでは2人の戦いだったが、ここからは俺一人の戦い。

 

 そのつもりだった。

 

 しかし、この後、大蛇は奇妙な行動を取った。丸い目で、銀の弾丸が飛んできた方を探るような仕草をしたのだ。

 

 目の前の“敵”である俺から視線を外して。

 

 俺は大蛇に向かって剣を横から突き刺す。しかし、大蛇は俺の攻撃が当たるより早く、尻尾を俺に向けて叩きつけた。 

 

 その衝撃で地面が揺れた。

 

 俺はとっさに真後ろに飛んで距離をとる。

 

 その間も大蛇は俺のことなど全く眼中にないかのように、一点を見つめていた。その視線の先にあったのは、約50歩離れた木の幹に再び身を潜めたユミールの姿だった。

 

 大蛇が動いた。

 

 俺は動くのがわずかに遅れたが、声が出たのはほぼ同時だった。

 

「逃げろ! ユミール!」

 

 俺は叫ぶのと同時に、ユミールに向けてまっすぐに進んでいく大蛇の後を、全力で追いかけた。

 

 

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