「援護を頼む!」
俺は叫ぶ。
「了解!」
とユミールが返してきた冷静な声が俺の耳に届いたのとほとんど同時に、大蛇の顔が俺の眼前に迫っていた。
「!」
俺は横っ飛びに避けると、剣を振り下ろす。ミスリル製の剣と、鋼の如き大蛇の鱗がぶつかり合い、澄んだ音を立てた。大蛇は意に介した様子もなく、その巨大な首――いや胴体を横に凪いだ。俺の体が吹き飛ぶ瞬間に、大蛇の胴体に足を置いて、ひらりと真後ろに飛んだ。
高く飛び上がり、それから引力の法則に従ってすとん、と地面に着地した俺に大蛇が追撃を仕掛けてこなかったのはユミールが数本の投げナイフを大蛇に向けて放ったからだ。
大蛇が不快そうなうなり声をあげてユミールを追う。ユミールは素早く横に駆けた。俺の逆方向に向かって走ったので、大蛇が俺に対して背を向ける格好になった。
今度は俺がぐっと足に力を込めて走ると、大蛇の背に飛び乗った。そのまま大蛇の頭に向かって駆け上がると、剣を立ててガンガンガン!と突いた。
「……」
今度も金属の触れ合う嫌な音が響いただけのように思えたが、よく見ると今度は、大蛇の首の後ろに血が滲んでいる。
そうか……。
鋼のように堅い体をしているとはいえ、全ての部分が満遍なく硬いというわけではないらしい。とくに、大蛇の背中には鱗の模様が入っている。硬い部分と、若干弱い部分とがはっきりと見分けることができる。
筋の入った部分が若干弱い部分で、そこならば剣を突き立てることが可能だった。
だが、どこを狙うべきか。
一撃でしとめられなかったら、武器が刺さったままで抜けなくなり、ヘタをすれば武器を失うことにもなりかねない。
大蛇は蠅を追い払うように首を大きく左右に振った。
俺は、大蛇の体から飛び降りた。
だとすれば……狙うべき場所は一箇所。
俺は自分の首を軽くさする。それはユミールに対する合図だった。口で言ってもいい気もするが、ここにきて自分には“大蛇は人間の言葉を解せない”のか“大蛇には人間のゼスチャーを理解できない”のかそれとも双方か、双方とも間違っているのか……。この期に及んで、俺はそんな仕様もないことを考えていた。
「頭を上げさせる!」
ユミールの声が聞こえた。俺のゼスチャーで、どこを狙っているかすぐに察したようだった。ユミールにはそんな迷いはないようで、同時に自分の喉を親指で示して掻っ切るような仕草をした。
俺が剣を水平に構えるのと、視界の端を光るものが通り過ぎたのはほぼ同時だった。
ユミールの投げナイフだ。
そのナイフは、真っ直ぐに、導かれるように、大蛇の右の丸い目を貫いた。
血とは違う透明な液体が大蛇の目から噴出し、大蛇は悲鳴を上げて大きく仰け反った。
「今です!」
「丸見えだ!」
ユミールの声に背を押され、俺は叫ぶと大蛇の体の下に入り込んだ。そこからは柔らかそうな白い腹から顎の下までが、はっきりと見えていた。
剣を上を向けて立て、腰だめに構えると、膝を曲げて沈み込む。喉元の鱗の薄そうな場所をめがけて大きく飛び上がった。
ミスリル製の長剣の刃先が、大蛇の白いのどに埋まっていく。思っていたよりもはるかに柔らかい。柔らかい布団をついたような気持ちの悪い感触だった。しかし、刃先から感じられる感触がひどく重いものに変わった。
抵抗することができなくなった大蛇の体重が、刃にかかってきたのだ。
ぽたぽたと大蛇に刺さったままの剣を伝って血が垂れてきた。その血に触れた途端、まるで熱せられた鉄鍋に触れたような痛みが走った。熱い……。慌てて剣の柄から手を離して、大蛇の胴体の下から離脱する。
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