北の森の大蛇【13】


 

「祖父を始め、両親からも、親戚からも周りの人間からは、いつも武官となれ。英雄になれ、と教え込まれてきましたから。文官では身を立てることはできても、ユミール家の過去の栄光を取り戻すにはとても足りないから、と。私にはどうしても、それ以外の道を進むことができなかったのです」

 

 祖父というのは50年前にユミール家を没落させたという男の弟ということになるのか。栄光の時代を知っている彼は、きっと彼なりに没落したユミール家を再興するために尽力してきたのだろう。そして名門の再興という使命が呪いのように一族を縛り付けているのだろう。ユミールもその呪いに縛られている一人ということか。何のことはない。今でも“呪法”は生き残っているのではないか。

 

「……干からびる寸前の爺さんの言うことなど聞いて、結果命を落としたら意味がないだろうに。そもそも……」

 

 俺はそう言いながら、ふと自分で口にした言葉をもう一度口の中でなぞった。

 

「干からびる……?」

 

 俺の脳裏に、数日前に大蛇と遭遇した情景がくっきりと浮かび上がってきた。

 

「まさか……」

 

 俺は口の中で同じ呟きを何度か繰り返してから、ユミールに声をかけた。

 

「俺たちが最初に大蛇に遭遇した時のことを覚えているか?」

 

「……たしか、今と同じように死体があって、それを調べている最中でした」

 

「そうだ……」

 

 そして、そこで大蛇に遭遇して戦いになった。

 

「あの時、俺は油断していた……開けた場所で、周りには樹木どころか草一つ生えていなかった。何か近づいてきても、いつでも、いくらでも対処が可能だと」

 

 魔獣は常識の外側にある存在。

 

 しつこいほど何度も何度も繰り返しているとおりだが、それでも常識の中で考えようとしてしまう。というよりも常識の外側で物事を考えるというのは、言うのは簡単なことでも、実行に移すのはとても難しい。もちろん常識が通じる相手であってほしいという願望もかなりの部分入っている。

 

「あんな場所で大蛇の姿を見逃すはずがないと考えていた。土中を移動するにしてもそれほどの巨体が何の予兆も出さずに、ましてや高速で移動できるものでもない、と」

 

「……」

 

 ユミールは黙ったまま頷いた。

 

「俺は油断したままあの干からびた死体を調べ始めて……そして油断したところを襲われた。音もなく、気配もなく出現した大蛇に……」

 

「そうでしたね。よく覚えています」

 

「魔獣に常識は通用しない。くどいようだけれど、な。……それでも、俺には奴がそこまで物理法則を無視した存在だとは思えないんだ」

 

「……その剣で傷が付きましたからね」

 

 とユミールが同意して頷く。

 

「奴は、周到に用意して俺たちを待ち構えていたんだ。多分、その下に奴の巣がある。そして、あの死体を囮にして、調べに来る人間を……」

 

 両手で――人差し指から小指までを大蛇の口に見立てて構えて見せた。その口を閉める仕草をした。

 

「ぐさりっ……と」

 

「正直……その……」

 

 ユミールは珍しく考え込むようにして、

 

「死体はたくさん転がっているのに、これ一つで罠を張るのはあんまり現実的とは思えません。……正直、あれが罠だったとしたら、不特定多数をターゲットにしたものではなく、特定の誰かを目標に据えたもののように思えます」

 

「……」

 

「ただ、どうせ何の手がかりもないのですから、最初の場所に戻ってみることには、私も反対しません」

 

「犯人は、現場に戻る、か」

 

 どっちにしても確かめてみる価値はある、と俺は結論を出した。

 

 

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