北の森の大蛇【12】


 

 いきなり上がった絶叫に思わず舌打ちする。人間の理解の範疇を超えた大蛇が徘徊する森の中で、しかも、相手がどこにいるか分からない状況下で、いきなり大声を上げる馬鹿がいるか!

 

 振り返った俺の目の前に、ユミールの姿は無かった。 

 

 彼の姿は、すでに何十mも先にあった。膝くらいあるこの深い草をふみわけて、よくこの一瞬であそこまで行ったものだと感心しながら、感心している場合ではないと、つま先に力を込めた。

 

 その時、長い草に埋もれた死体に視線を落とす。古い死体ではないが、新しい死体ではない。2、3ヶ月といったところか。その表情は苦悶に満ちていた。おそらく激痛に苦しみながら死んだのだろう。眼球はすでに腐って落ちたか山鳥にでも食われたか、ぽっかりと眼窩が空洞になっていた。

 

 片足がないのに気付いた。大蛇に襲われ、命辛々逃げて、木の上に逃げ延びたとこところで息耐えた、といったところか。旅装束もぼろぼろだった。大蛇にやられ、死体も大蛇以外の生き物に食われたのだろう。

 

 そんなことを確かめて考えた時間は足を一歩踏み出す程度の間だった。

 

 一瞬だけ名も知らない誰かの死体に黙祷をささげ、すぐさまユミールの後を追う。

 

 ユミールに追いつくまで、それほどの時間はかからなかった。全力疾走して呼吸が続かなくなったらしく、彼は、さほど離れていない場所で、やや太い木の幹に肩を預けてぜいぜいと荒い息を吐いていた。

 

 少し酸い臭いがしたので、ひょっとしたら自分が来る前に吐いたのかもしれないが、長い草に隠れて吐瀉物は見えなかったし、わざわざ確かめる趣味もない。

 

「大丈夫か?」

 

 言いながら、泉で汲んだ水を入れた水筒を投げて渡す。

 

 水筒をキャッチしたユミールは水筒の水を少し口に含むと、口の中をゆすいでして吐き出した。それを2回繰り返すと、水筒の栓を閉めて俺の方に向けた。

 

「すみません……」

 

「少しは気をつけてくれ。俺だって死にたくはない」

 

 謝罪しながらユミールが差し出した水筒を受け取る。

 

「しかし・・・・・あの死体は一体……」

 

「普通に考えたら俺たちと同じようなモンスターハンターや軍人……といったあたりが妥当だろう。地元の人間や誤って紛れ込んだ旅人ということはない、と思うな。あるいは……」

 

 ユミールに問われて何の気なしに口にした答えを俺は区切った。この状況下で、死体の素性を詮索する必要があるのだろうか。

 

 しかし、「あるいは?」 とユミールが先を促した。疑問や興味をほうっておくよりも満足させたほうがいいと考え直し、俺は自分の考えを続けた。

 

「この森は、大蛇にさえ気をつけていれば滅多に人間が入ってこないからな。犯罪者が身を潜めるのはもってこいなんだよ」

 

「……犯罪者?」

 

「そう。役人にに追われたり住民に追放されたアウトローが逃げ込むなんて珍しくもない。まぁ、この森の中で自給自足は難しいかも試練し、俺の考えすぎで、ただの同業者かもしれないが……」

 

 俺はひょいっと肩をすくめる。

 

「どっちにしても、確かめようもないし、身元を確かめることに何の意味もない」

 

 俺はユミールに「先に行こう」と促したが、「待って」と止められた。

 

「どんな人間でも、死体を放置していくのは人道の背きます。……何とか埋葬してあげたいのですが……」

 

「もう死んだ人間よりも、自分の身の心配をするべきだ」

 

 許可を求めるように言ったユミールに俺は呆れながら拒否した。戦場でヒューマニズムを口にする人間は真っ先に死ぬ。脅しでも冗談でもない。冷徹なまでの事実だ。

 

「やはり、あんたは軍人向きではないな。文官として身を立てることは考えなかったのか?」

 

 俺は、俺にしては珍しく忠告めいた台詞を口にした。

 

 

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