北の森の大蛇【11】


 

 魔獣は魔獣だから魔獣なのだ。魔獣は魔獣だから異質なのだ。魔獣は魔獣だから常識の範疇の外側にいる。そう考えなければ、とてもではないが理屈で納得できるものではない。

 

「もっとも、そんな魔獣退治を生業としている俺達モンスターハンターも、他人から見れば異質な存在なのかもしれないが、な」

 

 俺の口から自分が意図しない笑いが漏れ出た。

 

 おぞましき人知を超えた異形の存在である魔獣。

 

 そして、それと命を賭けて戦うモンスターハンター。ある者は金の為に。ある者は弱者を守るという正義感から。ある者は、魔獣に対する憎悪から。

 

 理由は様々なれど、力を持たない一般の人間からしてみれば、魔獣も、それと戦う者も、結局は同じような存在にしか見えないのではあるまいか。

 

「……理解できない存在と戦うのは怖くないですか?」

 

「敵のことを、完全に理解出来たことなど、一度もない。魔獣だろうが、人だろうが。相手はいつだって常に未知の存在だ。それに……」

 

 俺は、王都で初めてユミールに会ってから、ずっと疑問に思っていたことを、ようやくここで口にした。「俺には、アンタの方が理解できないけれどな。ユミール家といえば、王家の創設者の側近の家系で、王族ともつながりが深い名家中の名家。そんな家柄の者が、どうしてこんな魔獣退治などしなければならない?」

 

「それは……」

 

 ユミールが返答に窮したのを見て、直感的に自分が立ち入るべきではない複雑な事情を感じ取り、

 

「別に話したくなければ、無理には聞かないが」

 

 と俺は続けた。

 

「いえ……別に隠したところでしょうがないことですから」

 

 ユミールは小さく首を左右に振った。

 

「ユミール家はとっくの昔に没落しているんです。ユミール家とそれに関わる人間は、政治の中枢から排除されています。ただ、王家のせめてもの温情で、名前だけは残され、捨て扶持を貰って何とか生き延びている状態なのです」

 

「……信じられないな」

 

 初めて聞く話に、驚きを隠せなかった。300年以上昔とはいえ王国成立にも大きな貢献をした名門中の名門であるユミール家が没落しているなど、にわかには信じがたい話だ。

 

 しかし、ユミールは顔を伏せて話しているのでその目は見えないが、その口調からとても嘘を言っているようには思えなかった。

 

 そもそもこんな馬鹿げた嘘や冗談を言う理由もない。

 

「きっかけは、もう50年も昔のことです。僕の祖父の兄にあたる人――が突然発狂して、居合わせた貴族や使用人を二十人以上惨殺し、さらに、駆け付けた治安兵も……」

 

 ぎりり、という歯軋りの音が聞こえた。。

 

「その祖父の兄は、幽閉され、そのまま命を落としました。家を継いだ祖父をはじめ政府や行政機関にいた一族の者もことごとくその職を解かれました。そして……」

 

「もういい」

 

 ユミールはさらに何か言葉を続けようとしたが俺は言葉を遮ると、それ以上聞くのをやめて、さらに一歩、草むらを踏みしめ、手近な木に手をかけた。

 

 その木を触った瞬間、最近ずっと感じていた視線を再び感じたような気がして辺りを見回した。本当に、この森の異様な空気に呑まれているだけか……?

 

 俺は軽く触れた木を軽く叩いた。

 

 その木はそれほど細くも低くもないが、それほど高くもなく太くもない。ほんの少し力をこめて叩いただけで、ゆさゆさと幹が揺れ、ざわざわと枝がしなった。

 

 それから、ずるりと頭上で何か大きな塊が滑る音が聞こえたのと、その木の上から何かが落ちてくるのは同時だった。

 

 その何かが落ちたのは、俺がほんの数秒前までいた場所――つまり、ユミールの真正面かあるいは真上。注意を促す暇はなかった。

 

 うわあぁぁぁ! というユミールの絶叫がきこえるよりも、それが地面に落ちる方が早かった。

 

 

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