北の森の大蛇【10】


 

「出来っこないって言うよりも……この村は、北の王国との取引で栄えてきたけれど、王国同士の仲が険悪になって戦争になったら、その度にラェールの村は真っ先に焼き払われていたからねぇ。その時は、北の王国だけじゃなくてこの国の騎士団にも蹂躙されてさぁ……。大蛇が現れて北の森に誰も入りこめなくなったおかげで、そんな心配をする必要がなくなったから、むしろいなくなってもらっちゃ困ると思っている人たちも多いかもしれないねェ。少なくとも、あの大蛇が森の外まで出てくることはないしねェ……」

 

 やけに間延びした口調のおばちゃんから視線を逸らし、俺はちらりとユミールの方に視線を向ける。大蛇討伐を余計なお世話といわんばかりの物言いに、また腹を立ててないだろうか、などと思ったが、杞憂だったようで相変わらず湯呑を覗きこんでいる。

 

 杞憂……だよな。

 

 と思った時、ユミールが顔を上げておばちゃんに声をかけた。その低い声に、ぎくり、とした次の瞬間、ユミールが湯呑を持ち上げた。

 

「私にも、白湯を。やっぱり、この茶は不味いな」

 

五.

 

 ようやく、俺の腕の痺れが治り、大蛇探しを再開したのは、3日後のことだった。森に入ってから1週間。王都を出て12日目ということになる。

 

 朝早くから歩き始めたが、太陽はいつの間にか頭の真上近くに位置していた。

 

 ……。

 

 ふと、立ち止まり空を見上げた。太陽の傾きから方角を推測する。時折そうやって自分のいる位置を確かめておかなければ、あたりは同じ景色ばかりで方向感覚を失ってしまう。

 

 この森は王国の北端であり、その更に向こうには、雪と氷に覆われた王国だ。王国同士、今でも数年に一度行き来があるようだが、船を使って大きく迂回するルートを通らざるを得ない。北の海は海岸線が複雑に入り組み、沖に出ると年間を通して大型船でも苦しいほど荒れている。あまりにも危険すぎるために民間同士の交流はないに等しい。

 

 大蛇を退治することができたら、この森を切り開き、再び両国の間に道が開かれるのだろう。森の中を見渡せば、盛夏であってもかなり冷える土地柄のため、そのためか、植物は生長しにくく、木々の背丈はあまり高くない。森といっても、適度に木と木の間に空間があり、うっそうと生い茂る密林という感じではない。もちろん、人の手は入らないので、草木をかき分けて進まなければならないが、その気になれば道を通すのはそんなに難しいことではないように思える。

 

 不思議な話だ、とふと思い、その気持ちがそのまま口をついて出てきた。

 

「何でだろうな……」

 

「どうかしましたか?」

 

 後ろをついてきていたユミールが尋ねてきた。そういえば、朝出発してからコイツと喋っていなかったな、と思いだした。

 

 別に機嫌が悪かったわけでもなかったが、何となく話すこともなかったのでそのまま来てしまっていたのだった。

 

「不思議なものだ、と思ってな」

 

「……何が、ですか?」

 

「蛇は、普通寒いのが苦手で行動が鈍くなる。冬場は冬眠もする。ましてやこの森は、これほど草木が生長しにくいほど涼しい。……そんな世界で、あんな大蛇がうろついている。魔獣、という存在の異質さは、俺の想像のいつも外側にある」

 

「でも……魔獣、というのはそういうものなのでしょう?」

 

 そうだ。魔獣というのはそういうものなのだ。何十年も放置されていた一見風化したかのように見える卵から生まれ出た例もある。括火山の溶岩の中で生息する奴もいる。霞のような姿で浮遊し、人間には手を触れられない奴もいる。

 

 人知を超えた存在。

 

 人知という言葉でさえ無意味に感じさせられる存在。

 

 それが魔獣。

 

 

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