雪の残り【7】


 「ちょっとした因縁って雰囲気なの? あれは?」

 

 私はさっきの重苦しい刺すような空気を思い出し、夏場だというのにぶるっと身震いした。

 

「人間には意地ってものがあるんだよ。名城からしてみれば、自分の今までの努力を嘲笑われたようなものだろうし、陽村さんにも陽村さんなりの考えがあってのことだっただろうし……」

 

「そういうものなの?」

 

「陽村さんの、ある意味独断的なところを嫌っている人も多くて、人によっては『創成学園のゲシュタポ』なんて陰口叩いている奴もいるし……。まぁ、あの通りの超美人だからファンも多いんだけれど」

 

「ふ~ん」

 

 私はちょっと話題を変えることにした。

 

「ところで、人間の基準では、ああいうのは超美人って言うのね。じゃ、若葉さんと比べて、どう?」

 

「な……何で、若葉が出てくるんだよ!!」

 

「だって……私が顔の判別がつく人間ってそんなにいないんだもん」

 

「いや……だから」

 

「美人じゃないんだ」

 

「いやいや。そうじゃなくて! 若葉は美人ていうより可愛いって言うか……」

 

 何で、彼はこんなにしどろもどろになっているんだろう? いきなりあたふたとし始めた純一君を訝しみながら私は小首を傾げた。

 

 その時だった。

 

「森上じゃない。何やっているの? こんなところで」

 

「若……藤崎!?」

 

 噂をすれば影というか、純一君に声をかけてきたのは、ついさっきまで話の俎上にのぼっていた藤崎若葉その人だった。

 

 純一君は傍で見ていると滑稽なくらいにうろたえていた。普段なら、後でからかいのネタにするところだけれど、私も内心動揺していた。話しているところを聞かれていなかっただろうか? と思うと気が気ではない。私の目は相当泳いでいるだろう。

 

「森上……遠くから見てたらまるでニャーちゃんと話しているように見えて、ちょっと引いたよ」

 

 若葉さんは呆れたような口調だったけれど、私は冷汗かきつつ聞かれていなかったことにホッとしていた。

 

「藤崎は部活だったのか?」

 

 純一君は狼狽からようやく回復し話題を変えた。若葉さんも、すぐに乗ってきてにっこりと笑い、「まぁね」と返した。

 

「バスケ部だったっけ? よく頑張っているよな」

 

「まぁね……」

 

 若葉さんの声のトーンが少し沈んだ。

 

「どうかした?」

 

「うぅん。夏休みが明けたら3年が引退して新チームに移行していくけれど、1年ですごくうまくて頭角を現している子も何人もいるし。このままじゃ、新チームになっても、ベンチ入りも覚束≪おぼつか≫なくてさ」

 

「うちの女子バスケ部って、最近でこそ3位、4位に甘んじていてインターハイから遠ざかっているけれど、一応名門なんだったよな?」

 

「練習厳しい。才能ある子がいっぱい。もぉ、ついてけないよぉ……って感じ」

 

「じゃぁ……バスケ辞めちゃえば」

 

「……」

 

 純一君の軽口には返事をせず、若葉さんは下から眺めたら気付くか気付かないくらいの微かな苦笑いを浮かべていた。

 

 純一君のバカ! ここは、頑張れって応援するところだろっ!

 

「たしか森上も確かどこかのクラブに在籍してたよね? 漫画研究会だっけ」

 

「天文学部だよ!」

 

 今度は若葉さんの軽口に、純一君が間髪いれずに返す。

 

「まぁ、半ば活動休止状態で部室には星の本より漫画本の方が多いし、僕も在籍していてもあまり顔出していない幽霊部員だけど……」

 

 純一君は夕暮れから夜へと変わりつつある空を見上げてすっと指差した。

 

「あれが、アルタイル、デネブ、ベガ。夏の大三角形を構成する夏の夜空でトップクラスに明るい星なんだ」

 

「それ知ってる。アルタイルが彦星でベガが織姫星だよね」

 

 純一君の指の先を確かめるために、横に並んで同じように空を見上げた若葉さんも答える。

 

 

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