雪の残り【29】


   

「名城君は、中学の頃から有名な水泳選手だったんだよ。でも、素直に応援はできなかったな。勝ってもにこりともしないのはとにかくとしてもさ、誰のアドバイスも受け入れないで一人っきりで泳いでいるのがはっきり分かってさ。孤独に闘っている間は名城君に栄光を掴ませちゃいけないと思ってた。それなのに、今年は最初から好調を維持しててさ。弱ったよ。本当に、このまま出場したら勝ってしまいそうなんだもの。だから、私の手で潰そうと思った。ううん。ずっと迷ってた。努力は報われなきゃいけないもの。彼に、こうあってほしいとなんて考えるのは、結局は私のエゴでしかないのかもしれないとも思ったの。でも……私、ここで孝樹君と藤崎さんとが話しているのを盗み聞きしてしまったの。それを聞いて、やらなきゃいけないって思った」

 

 そうか……愛莉さんも、あの時ここにいて、あの時の様子を見ていたんだ。そして、愛莉さんに、あの嘘記事を書くことを決意させた。

 

 良くも悪くも全て孝樹君の事を思っての行動だったのだ。そして、その目論見は成功した。孝樹君は、若葉さんや純一君、あの部長さんや水泳部の人たちが自分のために動いてくれたことを知って、自分が独りではないことを知ったはずだ。

 

 でもその結果、一番、孝樹君のことを想っていたはずの人は、色んな人から憎まれたり嫌われたりした。

 

 自分が悪者になってでも好きな人のために……。そういうのを自己犠牲の精神とでも言うんだろうか。やっぱり私には理解できないよ……。

 

 愛莉さんは私を地面に下ろして、お尻をちょっと押した。

 

「どこかにお行き。愚痴を聞いてくれてありがとう。今のは、名城君には内緒だからね」

 

 ちょっとだけ元気を取り戻したらしく、口の前に人差し指を立てて、軽くウィンクして見せた。私は一度振り返り、「にゃー」と励ましの意味を込めて一声鳴いてから、近くの草むらの中に飛び込んだ。

 

「本当に、私の言っていることが分かるみたいだね」

 

 という呆気にとられたような声を聞きながら、愛莉さんの気持ちも届くといいなと思った私は、結局のところ八方美人なんだろうか?

 

*     *     *

 

 創成学園が夏休みに入ってから結構な日が過ぎた。生徒たちの会話に聞き耳を立てていると、今日は7月の末日だということだった。時間はお昼過ぎくらい。今日もまた、頭上には雲ひとつない快晴の空が拡がっている。晴れた天気は好きだけれど、それが延々と続くとうんざりしてくる。

 

 元気な高校生たちを薄眼で見ながら、私はといえば「暑いなあ」とぼやきながら中庭の木陰で昼寝する日々を過ごしていた。裏庭には愛莉さんと別れてから、一度も入っていなかった。どうにも近づき難くなってしまったのだ。

 

 暇つぶしに、私は、数少ない人間の友人たちに思いを馳せてみることにした。小さな色の違う小石を4つ取ってきて、それぞれに名前を付けた。

 

 ……この石が純一君。

 

 ……この石が若葉さん。

 

 ……この石が孝樹君。

 

 ……この石が愛莉さん。

 

 といった具合に。

 

 私は、純一君の石を取り上げて、手元に落とした。次に若葉さんの石を取って、純一君の石の横に置く。

 

 ……純一君は若葉さんが好き。

 

 私は爪で矢印をひいた。

 

 ……若葉さんは孝樹君が好き。

 

 ……愛莉さんは孝樹君が好き。

 

 ……孝樹君は若葉さんが嫌い。でも、少し状況に変化あり?

 

 ……孝樹君は愛莉さんをどう思っているのかしら?

 

 私はそれぞれに線を引きながら色々考える。私の存在がこの相関図に関わることはないけれど、メッセンジャーとしての役割くらいはこなせるかもしれない。

 

 ……この流れなら、ベストの組み合わせはこれね!

 

 私は、純一君の石と若葉さんの石、孝樹君の石と愛莉さんの石をそれぞれ寄り分けた。

 

「何をやっているんだ? お前?」

 

 

 中庭に入って声をかけてきたのは、その中の1人の純一君だった。私は、より分けていた小石を前足で払いのけた。 

 

 

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