雪の残り【27】


   

「悪いけれど、俺は君の愚痴に付き合っていられる時間はないから、愚痴は残雪に聞いてもらえ」

 

 私はそれを聞いてやられたと思った。多分、孝樹君にも、愛莉さんの言っている意味が分かっていなかったのだろう。あれは今の愛莉さんとはまともに会話できないと思っての笑みだったのだ。……で、体よく私が押しつけられた。

 

 うぅ~。と恨みがましい目で孝樹君を見るが、彼はどこ吹く風だった。仕方なく私は、愛莉さんの両手の中に収まった。

 

「猫は羨ましいかもね。考えがシンプルで」

 

「……だってさ」

 

 孝樹君が言葉に含みを持たせながら私の鼻を押さえる。

 

 鼻を押された私が、抗議の意味を込めて愛莉さんの両手の中で威嚇するような声を上げると、愛莉さんが、ぷっと吹き出した。

 

「可笑しいか?」

 

「何だか動物って、時々人間の言っていることが分かるような反応をすることがあるね。まぁ、訓練を受けた動物ならいざ知らず、大抵は偶然の産物なんだろうけれど」

 

「大抵は、そうだろうな」

 

 孝樹君が「大抵は」を強調しながら、愛莉さんに同意する。

 

「ところで……残雪って?」

 

 私と孝樹君に代わる代わる目線を向けていた愛莉さんが、私の毛並みを撫でながら尋ねる。

 

「そいつの名前」

 

「ふぅん。……あなたがつけたの?」

 

「いぃや。でも、本人がそう言うんだから、そうなんだろ?」 

 

「は?」

 

「……あんまり、秘密を言うと後で言いふらされるぞ」

 

「は?」

 

 間の抜けたような顔をしている愛莉さんに背を向けて、それ以上は語らず「じゃな」と手を振ると逃げるように去っていく孝樹君。「ちょっと! それってどういう意味よ」と、からかわれていると思ったのだろう、ちょっと怒ったようなような、拗ねたような声を孝樹君の背中にぶつける。

 

 それを聞きながら、私は安堵のようなものを感じていた。あるいは、孝樹君もそうなることを期待してかけた言葉だったのかもしれない。

 

 人は、しおらしく落ち込んでいるよりも、中途半端にでも怒っている時の方が、ずっと元気に見える。愛莉さんが怒っているように見えるのは、ちょっとだけ元気を取り戻した証拠なのかもしれない。

 

 それにしても……真面目そうな見た目の印象と違って孝樹君は意外と口が軽い方なのかもしれない、とひやひやしながら私は孝樹君の背中を目で追った。

 

*     *     *

 

「……う~ん」

 

 孝樹君が去った後の裏庭で、未だ土の上にへたり込んだまま、愛莉さんは私の顔をまじまじと見つめていた。こうして見ると真っ白な肌に確かに整った顔立ちをしていると思った。

 

 吸い込まれるような鳶色の澄んだ瞳で、じっと私は見つめられ、だらだらと汗が流れてくる。

 

「盗聴マイクでも付いているのかしら」

 

 首周りを確かめ、私の首に首輪などが付いていないことを確かめると、今度は口を開かせる。いーっと私は口を横いっぱいに引っ張られた。何だか、愛莉さんの行動パターンは孝樹君に似ている?

 

「……なわけないわよね。私じゃあるまいし」

 

 愛莉さんは、抱えた私を持ちなおして、校舎の壁に背中を預けた。

 

「でもさ……もしもあなたに話したら、私の秘密が彼に伝わるのかしら?」

 

 愛莉さんがとても寂しそうに笑った。

 

「……名城君と初めて会ったのは中等部でのこと。この学園の高等部は1学年1000人からの生徒がいるけど中等部は100人程しか募集していないんだ。ほとんどが近隣の大きな街の出身で、F市のような田舎町出身の生徒は私と彼を含めて10人弱ほどしかいなくて、同じクラスだったし最初の席が近かったこともあって、少し話すようになった」

 

 急に始まった昔語りに私は少し戸惑う。それに、また呼び方が名城君に戻っていた。でもそれは、ともすれば吹き出しそうになる感情を抑えて、冷静であろうとするために意識的にそう呼んでいるように私には思えた。

 

 

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