雪の残り【25】


   

 同時に、私は不思議な気分になっていた。私は、愛莉さんのことを“悪い人”だと思っていた。意地悪で、底意地の悪い人だと。だけど、今、こうして彼女を見ていると、彼女は口は悪いかもしれないけれど、目の前で吊るし上げをしている生徒たちに対しても、誠実に振舞っていた。

 

 愛莉さんの周りを囲んでいる生徒たちの方が、正しくて立派なことを言っているのかもしれないけれど、彼らの口から出てくる言葉の全てが、愛莉さんを傷つけるためのものだった。痛めつけるためのものだった。

 

 私は、自分の口からも、同じように汚い言葉を発することができるのだと気付き、悍ましさを感じた。

 

 それだったら、愛莉さんのように、結果として相手を傷つけることになったとしても、ちゃんと相手と向き合い、相手から逃げない言葉の方が、よっぽどいいのではないだろうか。

 

 やがて、耳をふさぎたくなるような、汚らしい言葉が止まった。さすがに、攻め立てる言葉のネタが尽きてしまったらしい。

 

 少しの間、いつものような静けさが辺りを支配する。

 

「言いたいことはこれで終わりかしら? 名城君のことは、水泳部に謝罪を入れたし、責任を取って部も辞めた。名城君自身がまだ終わっていないというのならとにかく、貴方たちにこれ以上謝る必要も理由も見つからないわね」

 

 愛莉さんが言い放ったこの台詞は、事態の収束を意味していなかった。口で勝てないことを悟ったらしい、一人の体格のいい男子生徒が直接の暴力に打って出たのだ。その男子は愛莉さんの襟首をつかんで力を込めて突き飛ばした。

 

 愛莉さんが顔を歪ませたのが見えた。 

 

 突き飛ばされた衝撃で何歩か後ずさると、校舎の壁に背中を打ち付けて、するりとへたり込んだ。

 

 ごほごほと、咳き込む愛莉さんを無視して、突き飛ばした男子が声を荒げた。

 

「お前はいつも気取りやがって! 特進の生徒だからってお高くとまって、周りを見下しやがって!」

 

 咳き込みながら男子を見上げた愛莉さんの眼にあからさまな怒りが籠っていた。

 

「結局それが言いたいことだったんでしょう? それなら最初からそう言えば良かったのに。わざわざ、自分が正義面出来る理由を見つけて、仲間集めて、それでないと女子生徒一人にまともに抗議もできないなんて、みっともない!」

 

 愛莉さんの言葉が終わらないうちに、彼女を突き飛ばした男子生徒が拳を振り上げる。それを、周囲の生徒たちが慌てて止める。

 

「止せ! 停学になりたいのか!」

 

「黙れ! 一発ぶん殴ってやらないと気が済まない!」

 

「ちょっと……私たちまで処分喰らうじゃない」

 

 吊るし上げしていた連中が揉めだしたとき、鋭い声が裏庭に響き渡った。

 

「お前たち! そこで何をしている! 全員、指導室に来い!」

 

 愛莉さんを除く連中が慌てたように顔を見合わせる。

 

「聞こえなかったのか! 何年何組の誰だ! 名前を言え!」

 

 再び聞こえる怒鳴り声。

 

 それによって、愛莉さんをその場に残した全員が、雲の子を散らすようにその場を去っていった。

 

「おい! 待つんだお前たち! ……なんてな」

 

 校舎の陰から出てきたのは巡回中の教師や用務員などではなかった。

 

「名城君……」

 

 出てきたのは、よく見知った顔。愛莉さんも、戸惑った表情を見せた。

 

「……ったく。大丈夫だったか? 下手に、俺が止めに入るとこじれそうだったから、あんなことをしたが……。お前さんは敵を作りすぎだからな。少しは懲りたか?」

 

 説教じみたことを言われ、腹を立てたのか顔を赤らめた愛莉さんが、目を合わせないようにするかのように顔を伏せた。

 

 その様子を見ながら、以前、孝樹君が若葉さんが木から降りれなくなったのを助けたのを思い出す。それに、私を悪ガキたちから救ってくれた時のことも。彼は、人の窮地に居合わせる才能でもあるのだろうか。

 

 そして、そういうところに遭遇したら助けなければ気が済まない人間なのだろうか? 若葉さんはとにかく、愛莉さんは孝樹君から見れば憎い敵ではないのか?

 

 そんなことを考えていると、愛莉さんが俯いたままで言葉を発した。

 

 

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