雪の残り【24】


   

 しかし、ただでさえ暑いのに、運動をしている人間の体温は自然に上がっているので、こうやって両腕で抱えられていると、とにかく暑い。暑い!

 

 若葉さん! お願いだから早く放して……その言葉を口から出せないこの身が口惜しい。

 

「ニャーちゃん。聞いて聞いて!」

 

 若葉さんはそんなことには一向に気付かず、いかにも上機嫌といった感じで、その腕にさらに力を込める。暑さに苦しさが加わった。

 

「昨日ね。昨日ね。孝ちゃんから電話が来たの。「ありがとう」って」

 

 キャーキャー言いながら腕に一層力がこもる。と同時に振り回すように、横への運動も加わった。そろそろ限界かも……。

 

「でも、どうして孝ちゃんが例のことを知っていたんだろうね。……きっと、森上だね。あいつ、口が軽いから」

 

 すみません。話したのは私です。本人不在のままで言われなき非難を受けている純一君にちょっとだけ同情する。というより、もしかしてこれはその罰だろうか? 私は、呼吸困難と異常な暑さと、遠心力に苦しみながら心底願う。神様、どうかこの苦難からお救いください!

 

 救ってくれたのは、他の女子生徒の声だった。「藤崎! そろそろ練習に戻れ」という迫力ある声に、「はい。すぐに戻ります!」と元気よく答えて、若葉さんは私を地面に下ろして、「じゃーね。ニャーちゃん」と私に向かって手を振ると、変わらぬ上機嫌で体育館に戻っていった。

 

 ようやく解放された私は、大きく深呼吸した。空気がこんなにおいしいと初めて知ったけれど、うだるような暑さは全く解消されなかったので、日陰でかつ人気の少ない裏庭へと移動することにした。

 

*     *     *

 

 裏庭に来てみると、先客がいる気配がした。しかも、一人や二人ではなく、結構な人数がいるような気がする。それは、私が知る限りめったにないことなのだ。しかも、何となく不穏な空気を感じる。

 

 近付くべきか……近付かぬべきか……。

 

 私は、しばらく迷ってから、近付いてみることにした。もしも、とばっちりをくらいそうになったら、すぐさま逃げられるように態勢を整えて。

 

 そこにいたのは10人の生徒で、7人が女子だった。正確にはスカートから伸びた足が7人分。中心にいる人には見覚えがある――陽村愛莉さんだった。

 

 その配置は、私の目には、とても奇妙なものに映った。愛莉さんを中心に残りの9人が取り囲んでいる。その9人が愛莉さんに次々に罵声を浴びせかけるという感じ。それがいったい何を意味するのか私には分からなかった。“吊るし上げ“とか“私的制裁”といった単語を耳にする機会は、これまで一度もなかったのだから。

 

 最初のうちは孝樹君の一件についての非難だった。しかし、愛莉さんを囲んでいる連中の中に、終業式の日に集まっていた顔は1つもなかったと思う。

 

 囲んでいる連中の口からは公正だの信義だのといった言葉が並んでいた。それに対して、愛莉さんは顔を逸らすことも、泣き出すこともなく、11つにきっぱりした口調で反論していた。微かに眉をひそめ、真っ直ぐに彼らに向き合っていた。

 

 私がそれを聞いている限りでは、愛莉さんの反論は相当に効果があったのだと思う。吊るし上げている方が言葉にぐっと詰まることの方が多かった。逆に完全に言い負かされて涙ぐんでいる女の子もいるように見える。

 

 察するに、愛莉さんにこれまで酷い目にあわされていた連中や、愛莉さんに良い感情を持っていなかった者、あるいは本当に孝樹君に好意を持っている者もいるのかもしれない――そういった面々が、これを機に仕返ししてやろうというところなんだろうけれど、愛莉さんの思わぬ反撃の前に、その思惑は潰えつつあった。

 

 

 しかし、吊るし上げしている方も、一度拳を振り上げた以上、それを簡単に引っ込めることはできないようだった。凛とした愛莉さんに対して、吊るし上げをしている連中の愛莉さん1人に圧倒され、多くの人数がいるにもかかわらず、人格を攻撃したり、理屈にもなっていない理屈を振り回して何とかして愛莉さんを傷つけてやろうとしている様は、見ていて見苦しいと思えた。

 

 

23】へ  【目次】  【25】へ   

  

▼あなたのクリックが創作の励みになります。▼



▼感想をいただけると更なる励みになります▼
 
『雪の残り』の感想