雪の残り【22】


   

「猫でも一緒にいたらちっとは心強いんじゃないか」

 

「言いふらされても困りますから」

 

 私を受け取って抱え直しながら冗談めかして言った部長さんに、孝樹君は真面目な顔で返した。

 

「それと」

 

 真面目な顔をさらに引き締めて、

 

「もし……どんな結果になっても、陽村を責めないでもらえますか?」

 

「こんなことになっているってのに……何言っているんだ? お前……」

 

 部長さんが眉を潜めると同時に、生徒指導室の扉が開いて小太りの男性教員が出てきた。

 

「名城。入れ」

 

 声をかけられた孝樹君は立ち上がった。

 

「じゃ、実刑判決を受けに行ってきますか」

 

 何となく、笑いがこもった孝樹君の口調に、今度は部長さんの方が真面目な顔を作り、

 

「水泳部員は誰もがお前が出場することを望んでいるし、お前が出場を辞退しなければいけないようなことをしたとも思っていない。忘れるな。みんながお前の味方だ。お前は独りじゃない」

 

 と言った。孝樹君は少し驚いたような顔をしながら、ぺこりと頭を下げ中に入っていった。

 

「長くかかりそうかな……」

 

 私の小さいの頭をすっぽり覆うような大きな手で私の頭をなでながら、部長さんが呟く。

 

 そもそも、今回のことは、私が証言出来さえすれば何の問題もなく全てが終わるはずなのだ。全て誤解は解けるはずなのだ。命の恩人である孝樹君のために何もしてあげられない我が身が憎いと、今ばかりは思う。そんなふうに考えても仕方のないことだけれど。

 

 部長さんの呟きは現実にならなかった。孝樹君が中に入って、ほんの2分ほど経ったころ、孝樹君がうろたえたような珍しい声が中から漏れ聞こえてきた。

 

「それは……つまり、どういう」 

 

「どうも、こうも、つまり、そういうことだ」

 

 中の様子を少しでも把握しようと、私も部長さんも生徒指導室の扉に近付いて聞き耳を立てる。ガタイの男子生徒と猫が揃って聞き耳を立てている光景と言うのはあまり見られるものではないだろう。傍で見たら滑稽だったかもしれないけれど、私は――そして多分部長さんも、大真面目だった。

 

 しかし、中で椅子が動く音が聞こえたので、私たちは慌てて廊下の窓側に飛びのいた。

 

 その数秒後に、孝樹君が「失礼します」と中に一礼して出てくると、私たちの方に目を向け、私たちの態度がよっぽど不審だったのか、怪訝そうなな表情をした。

 

「で、どうだった?」

 

「無罪放免。部活禁止解除……だそうです」

 

 孝樹君の答えに、部長さんは「ほぉ。それはよかった」と声を上げた。部長さんの反応をみると、それは悪い結果ではなかったようなので、私も、ホッと胸をなでおろす。

 

 しかし、孝樹君はといえば、なんだか浮かない顔をしていた。

 

「どうした? あんまり、嬉しくなさそうだな」

 

「そういうわけではないんですが、あまりに急転直下な展開だったので……」

 

 孝樹君の表情が晴れない理由はそれだけではないようだったが、部長さんは深くは追求せずに孝樹君の背中をバンバンと叩いた。実際には叩かれていない私でさえ「痛そう」と思わず顔をしかめたほど派手な音が鳴った。よっぽど効いたのか、孝樹君は胸を押さえてごほごほと咳き込んだ。

 

「……ったく。手加減ってものを覚えてくださいよ」

 

「まぁ、気にするな。それより、正面玄関にいくぞ。皆が集まっている」

 

「皆……って」

 

「部員はほとんど全員揃っている」

 

 教務棟一階の正面玄関は、来客などを迎えるための出入り口であるらしい。その脇には事務員室があり、私も足を拭かずに校舎に上がろうとして捕まったことがあったけれど、上履きのままで外に出ようとした部長さんたちは今日は咎められなかった。

 

 部長さん、孝樹君に続いて、私もついて玄関から外に出ると、正面玄関の外には、本当に沢山の生徒が待っていた。彼らも水泳部員――孝樹君の仲間なんだろうか?

 

「どうでした?」

 

 

 その中の男子生徒がかけた声に、部長さんが親指を立てて応じると、集まった生徒たちの中から、わあっと歓声が上がる。

 

 

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