雪の残り【2】


「た、孝ちゃん! 助けてー!」 

 

 ちなみに、孝ちゃんというのは、私が足に身体を擦りつけている男の子のことではない。

 

「何やっているんだよ」 

 

 呆れたような声が、上から降ってきた。いつの間にか近づいてきた、同じ薄茶色のブレザーにズボンの男の子がいたのだ。 

 

 背丈がものすごく高い人で、私もよく見かけたことがあった。精悍な顔つきというか、いつも額に皺を寄せているような険しい表情が印象的な男の子である。 

 

 彼の反応はそっけないものだった。 

 

「そんな状態になったんなら、飛び降りろよ」 

 

「無理! 高すぎ」 

 

 彼女は抗議めいた口調で言い返した。こうして聞いているとまだ余裕がありそうな女の子だが、必死に唇をかみしめるその表情はもう限界といった感じだった。 

 

 それを見た背の高い男の子は、小さく舌打ちをすると、木の幹に近寄ると、たんたんと木の幹を蹴ってよじ登る、というよりも駆け上がった。そして、彼女のお腹のあたりに手を入れて彼女の体を支えると、ひらりと飛び降りたのだった。 

 

 それは、瞬きをするほどの間の出来事で、鮮やかな救出劇だった。 

 

「……あ……」 

 

 地面に足をつけた彼女はしばらくボーっとしていたけれど、はっと我に返って背の高い男に「ありが……」と謝辞を言おうとした。しかし、あの彼はと言えば、そんなことに興味はないというふうに背を向けて、さっさと歩いて行ってしまう。

 

 こういうのは、そっけないと言うのか、クールというのか。 

 

「ちょ、ちょっと待って」 

 

 と追いかけて行く女の子。私が身体を擦り寄せている男の子はと言えば、なぜか拳を握りしめて、唇をわなわなと震わせていた。 

 

「何で! 若葉の奴は、あんな奴の事!」 

 

 私たちだけになった中庭で、彼はコンクリートの上に座り込んで何度も愚痴る。私はその右隣に座りこんで毛づくろいをしていた。目の前には、さっきまで私と彼女が上っていた太く高い樹木がある。何の木かは知らない。 

 

 ここは、創成学園高等部の校舎の中庭である。緑豊かなこの場所を私は好きだが、調子に乗ってこの中で一番高い木に登ってしまって痛い目にあったのだった。

 

 中庭は、緑豊かにもかかわらず、人の出入りは多くはない。そのため、普段は私の独占状態である。 

 

 取り残されてしまった格好になってしまった私と彼は、仲良く並んで、話を――私が彼の愚痴を一方的に聞いてはなだめるようなやり取りをしていた。 

 

 ちなみに、若葉というのは先程、私を助けようとしてくれた女の子のことだ。藤崎若葉という。私が暮らす、創成学園高等部の2年生であり、私の横でずっと愚痴っている彼――森上純一の同級生である。

 

 そして、純一君から“あいつ”と呼ばれているのが、若葉という子を助けたあの背の高い男の子、名城孝樹。同じく2年生。

 

「まぁまぁ……」

 

 ここで、背中の一つでも叩いてやればいいのかもしれないが、私の小さい体では彼の背中まで前足は届かない。私が前足をなめるのを見ながらの彼の愚痴はまだ続いていた。

 

「俺はさ、中学ン時からずっと若葉のことが好きだったんだよ。高校になったら告白しようと思って同じ高校に入学したのに……。それなのに、小学校の時の同級生で幼馴染で、うちの学園の中等部から上ってきた奴が突然現れて……」

 

 つまるところ、孝樹君という男子生徒と、ここにいる純一君、さっきの若葉さんの関係は、いわゆる三角関係というやつらしい。いや、さっきのやりとりを見ている限り、まだどこにも“関係”は発生していないようだけれど。

 

 私の感覚から言えば、恋敵とは、どつきあって決着をつけるというのがシンプルかつ最良の手段であるように思えるが……。

 

 私は純一君に目を向けて、それから孝樹君をイメージし直した。人間の容姿の優劣は私には分からないものの、単に暴力という点では純一君が孝樹君に敵うとは思えなかった。

 

 

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『雪の残り』の感想