雪の残り【19】


   

 この公園のすぐ近くには新興住宅地もアパートもあるが、夕刻の過ぎると人気はまばらになっていった。純一君が携帯電話を取り出して時間を確かめながら、

 

「もう8時になるし……家の方も心配するし」

 

 と、暗にこれで終わりだと若葉さんに迫る。

 

「でも……だって」

 

 いまだ諦めきれないような若葉さんの様子に、純一君が不愉快そうな表情をした。すでに太陽は西の山の向こうに消えていたが辺りはまだ明るい。若葉さんが諦めきれないのも無理はなかった。

 

 ちょうどその時、「ねぇ、君ら」という声に反応して、2人同時に声の方向に顔を向けた。30代くらいのコンビニの袋を提げた小太りの男性が声をかけたようだった。

 

「え……と」

 

 戸惑う純一君に、

 

「ちょっと風の噂で土曜日の昼に中学生とトラブルになった高校生の目撃者を探していると聞いたんだけれど」

 

「見られたんですか!」

 

 勢い込む若葉さんに「ああ」と男性は頷く。

 

「確かにこの間の土曜日に、中学生が猫に石を投げているのを止めた高校生がいたな。で、彼に何かあったのかい?」

 

「実は……」

 

 若葉さんが簡単に事情を説明すると、「それは酷いなぁ」と男性も同意した。

 

「それで、どうすればいいの?」

 

「出来れば、あの日、何があったか証言してほしいんです」

 

 若葉さんが携帯電話を取り出して、「録音ってどうやるんだっけ」と言いながら操作を始める。

 

「あ……実はさ、あんまりにも目に余ったからネットで顔を晒してやろうと思って……もちろん、中学生の方をな。ケータイのカメラで撮影していたんだよ。メモリーカードをやるから、持っていけばいいよ」

 

 言いながらその男性も携帯電話を取り出し、若葉さんと純一君が後ろから覗き込んだ。私は、2人が何を凝視しているのか分からずに、人間の6本の足の下をうろうろとするだけだ。

 若葉さんの反応を見る限り、どうやら目的のものらしかった。

 

「それを頂けますか? その……大したお礼はできませんけれど」

 

「別に礼とかは要らないよ。困った時はお互い様だし、最近の若い奴も捨てたもんじゃないと思ったしさ」

 

 男性は携帯電話から小さな黒い破片のようなものを取り出して、若葉さんの掌の上に置いた。物の価値が分からない私には、それがいったいどんな役割を果たすもの中のか分からず、こんなものに一体何の価値があるのだろうと思った。

 

 でもそれがすごく大切な物なのは分かる。それが証拠に、若葉さんは何度も、何度も男性に頭を下げていた。彼がいなくなるまで、何度も何度も続けていた。

 

*     *     *

 

 「良かった……これで、孝ちゃんを助けられるね」

 

 若葉さんは嬉しそうだったけれど、純一君は反対に浮かない顔をしている。その純一君の右掌の上に、その小さなメモリーカードを置いた。

 

「君から、孝ちゃんに渡して」

 

「な……何で」

 

 うろたえる純一君に、

 

「私が渡したら孝ちゃんは嫌がるじゃない。それに、私が君と一緒に目撃者探しをしていたっていうのも、秘密だからね。変に借りを作ったとか思われたくないし」

 

「……」

 

「じゃ、また明日ね」

 

 一方的にそう言って手を振った若葉さんが純一君のその表情に気付かなかったのは、本当に辺りが暗くなっていたからなんだと思う。いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。純一君の唇の端をゆがめた奇妙な笑い方に私が気付いたのは、猫の夜目が人間以上に利くからだ。

 

*     *     *

 

 若葉さんの姿がなくなっても、純一君はそこに立ち尽くしていた。じっと、その場に立って掌の上のメモリーカードを見つめている。

 

 純一君を促そうと声をかけようとして、ぞくりと身をすくめた。純一君の顔から、いつの間にか表情というものが失われていて、不気味な形相をしていた。

 

 純一君がメモリーカードを指先でつまみあげた。制服のポケットにしまうのかなと思った次の瞬間、パチンっという微かな音が私の耳にも届いた。

 

 

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