雪の残り【17】


   

*     *     *

 

 中に入ると目的の人物が1人で机の前に座っていた。冊子に目を落とした長い黒髪を下げた愛莉さんが、ずかずかと部室の中に入って来た2人組にちらりと視線を向けて、「ノック! あと、廊下で大声を出さない」と冊子を机の上に置きながら、ピシャリと言い放った。

 

 入るなり噛みつこうと――もちろん比喩的な意味でであって、猫がそうするようにという意味ではない。確認するまでもないが――息を吸い込んだ若葉さんが、愛莉さんにいきなり牽制されて、言葉を失った。

 

 純一君が若葉さんの右横やや後方に位置を取ったので、私は若葉さんの横顔がはっきり見えた。その顔には怒りが浮かんでいるが、機先を制されたせいで、少々間の抜けた表情になっていた。

 

『女の戦い第一幕。宣戦布告の巻』のオープニングヒットは愛梨さんの方が取ったようだ。勝手にタイトルつけてみたけれど……こわい……。

 

「言いたいことは、部屋の外から丸聞こえだった」

 

 澄ました口調で愛莉さんは答える。

 

「記事の撤回をする気はない。もしも、撤回をさせたいのなら、相応の証拠を持ってきなさい」

 

「証拠もなしにおかしな記事をかいたのはどっちよ!」

 

「写真がある」

 

「あんなもの……」

 

 若葉さんは唇を噛んで、愛莉さんにくるりと背中を向けると、「絶対に証拠を見つけてくるから」と、力強く宣言した。

 

「名城君には、当面部活への参加禁止の仮処分が出たわ。最終処分が下されるのは3日後の1学期の終業式の後。それまでに、彼の無罪の証拠を見つけてきなさい」

 

「今日、明日、明後日……」

 

 ぽつりと呟いて、若葉さんは広報部の部室を出て行った。それを見送った純一君が「何をあんなに熱くなっているんだか」と右手人差指で頬を掻く。彼も、広報部室に入ったときは虫の居所の悪かったけれど、目の前でわずかな時間とはいえ展開された女の戦いに毒気を抜かれてしまったようだった。

 

「君も、抗議しにきたんじゃないの?」

 

「別に僕には、名城を助ける義理はないし、創成学園のゲシュタポを敵に回す気はないし」

 

 意外そうに聞いた愛莉さんに、純一君はため息交じりに答える。

 

「でも、一つ聞いておいていいですか?」

 

「……答えられることならね」

 

「陽村さんと、名城は、小学校は違うけれど、同じF市の……つまり僕や藤崎とも同じってことですけれど……出身で、同じ中等部からの上がり組で、同じ総合進学科で……。なのに、何で、そんなに目の敵にしなけりゃいけないんです?」

 

 愛莉さんは、さっきまで読んでいた冊子を開いて再び目を落とした。

 

「答える理由がないわね」

 

 そう答えた彼女が冊子を読んでいたのかは疑わしい。私が見ている間、彼女の目線は全く動かなかったし、私から見える冊子の表紙の絵柄は、入ってきた時の逆さまになっていた。

 

「確かに、どうでもいいことっすね……」

 

 純一君は「しつれーしました」と必要以上に声を張り上げると、部室の扉を横にスライドさせた。そのせいで純一君には聞こえなかったかもしれないけれど、私には愛莉さんが寂しそうに言ったのが聞こえた。

 

「もしも、その猫が証言出来たなら、ね……」

 

 私は、振り返ると、愛莉さんの顔をまじまじと見つめた。何故だろう。相変わらず冊子に目を落としている愛莉さんが、今にも消えてしまいそうに痛々しく見えたのだ。それなのに、どこか嬉しそうにも見える。

 

 放課後になったことを告げるチャイムが鳴った。私は校門の上に座り込んで、下校する生徒の流れの中から純一君の姿を探していた。

 

 ようやく純一君の姿を見つけて駆け寄ったのは、生徒たちの下校が始まってからずいぶん経ってからのことだった。

 

「ねぇ。どうするの?」

 

「どうって?」

 

「……これから……どうするの」

  

「帰る」

 

「若葉さん、チャイムが鳴ったらすぐに出て行ったわよ」 

 

 

16】へ  【目次】  【18】へ

  

▼あなたのクリックが創作の励みになります。▼



▼感想をいただけると更なる励みになります▼
 
『雪の残り』の感想