雪の残り【16】


  

 

 あるいは今の私なら孝樹君に直接聞くこともできるけれども、そうすることが躊躇われた。怖かったのだ。若葉さんに向けられた拒絶の目が、私にも向けられるかもしれないと思うと……。

 

 若葉さんの事をずっと考えていたせいか、私の中のもやもやっとしたものが抜け出して、集まって固まって形作っていくような変な感覚を覚えた。私の目の前で薄茶色の制服姿の若葉さんの姿が出来上がっていき……。

 

「森上!」

 

 と、叫んだ。

 

 ……叫んだ?

 

 私には、目の前いる若葉さんが、私の想像の産物ではなく、本人だということを認識するのに時間がかかった。それだけ考えごとに没頭していたことに、自分でも気がつかなかった。

 

 息を切らせたその顔はやや紅潮しており、走ってきたのが分かる。しかし、全体的には血の気が引いたような蒼白な顔をしていて、不可思議な人相が出来上がっていた。

 

 純一君も、若葉さんの異常なその様子にすぐに気づいたようだ。

 

「どうしたんだよ。ちょっと落ち着け……」

 

「大変だよ! こっちに来て!」

 

 純一君に最後まで言わせずに、若葉さんは手をひいた。私は、爪で制服を痛めないように気をつけながら、ひらりと純一君の肩に飛び乗った。

 

*     *     *

 

 校内新聞の前が人だかりになっており、その校内新聞に掲載された大きな写真を見て私は思わず声をあげかけた。先日の3人の男の子と孝樹君の姿が掲載されている。

 

「ねぇ、何て書いてあるの?」

 

「インターハイ競泳代表選手が中学生に暴行を加える瞬間の一部始終……だって」

 

 純一君が読んだ中には、少なくとも私のことについては一切触れていなかった。中学生の腕をねじり上げるなどの暴行を加えた、などと言葉が綴られている。しかし、拳を振るうなどといったことをしていないのは、私が一番の証人である。まるで、善良な中学生を一方的に傷つけたような記事には、しっかりと署名も残されていた。

 

「陽村……愛莉」

 

 ぽつりと呟いた若葉さんが、校内新聞から離れた。純一君が慌ててその後を追いかけた。

 

「どこに行くんだ?」

 

「抗議しに行ってくる」

 

「何でだよ」

 

「孝ちゃんが理由なく年下の子に暴力を振るうわけがないもの」

 

「そんなの分からないだろ」

 

「分かるもん!」

 

 私は聞きながら、おや? と思った。あの記事の内容が、必ずしも事実の全てを捉えていないことは、純一君だって知っているのに。当事者の1人である私が、ついさっき詳細を話したのだから。

 

「分かるって、何が分かるっていうんだよ! お前が知っている名城は小学校の時の名城だけだろ。それから何年も経ってる。人は、変わるんだよ」

 

「変わったかもしれないけれど……違う!」

 

 純一君は一体何に必死になっているんだろうか……と考え、やがて先程中庭で考えていたことがまた思い浮かんできた。

 

 若葉さんをきっぱりと拒絶し泣かせていた孝樹君。純一君は、私からの又聞きだとはいえ、その事実を知っている。

 

 そして、そのことを知った純一君は、激昂して孝樹君に掴みかかった挙句、返り討ちにされた。多分若葉さんはその事実は知らない。

  

 それでもなお――いや、この場合、それなのにと言うべきか――若葉さんは孝樹君を庇おうとしている。

 

「何で、藤崎がそんなことをしなければならないんだ!」

 

「孝ちゃんは、子供のころに何度も私を助けてくれたもの。今度は私が、必ず記事を撤回させなきゃ」

 

「撤回させたって、もう記事は出てしまったんだぞ」

 

「孝ちゃんは大会を控えているんだよ。もし、出られないなんてなったら、今までの努力はどうなっちゃうの?」

 

 若葉さんは『広報部』という札の付けられた部屋の前で足を止め、まるで諸悪の根源が純一君であるかのような目を向けて「もう森上は来なくていい!」と言って、部屋の中に入って行った。私と純一君の目の前で、バンッと横開きの扉が閉められた。

 

 純一君は、その扉に向かって「くそっ!」と吐き捨てると、扉を乱暴に横に開いて、若葉さんに続いて中に入って行った。

 

 

 

 

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