その後も、天体望遠鏡相手に悪戦苦闘している純一君をほったらかして、私は毛づくろいを始めた。毛が落ちてしまうので校舎の中ではやらないのだけれど、今日は掃除してくれる人もいるし、埃が廊下にも散らかっているので、ちょうどよかったのだ。
「一回、下見しておいた方がいいなぁ」
と呟く純一君を横目で見ながら、(私もたまには外に出てみようかな……)などと考えていた。
* * *
思い立ったら吉、という人間の諺≪ことわざ≫があるそうだ。私は、それに倣≪なら≫って昼から校門の外に出てみることにした。当然のことながら、学園の敷地の中だろうが外だろうが、空を見上げると目に映る空の青さに変化があろうはずがない。
しかし、目に入ってくる景色は見覚えのない珍しいものばかりで、電信柱も、住宅地の塀も、すれ違う赤いスポーツカーも、何もかにもが私の興味を引いた。私は尻尾を立てて悠々と歩いていた。そんな浮かれた気分と、安全な学園生活に慣れすぎていたことや外の世界が不慣れであったことなどから、私には警戒心というものが皆無だった。
そのために、迂闊にもいつの間にか後ろに人が立っていたことにすら気付かず、気がついたのは、やや乱暴に掴まれて、持ち上げられた時だった。
知り合いだろうか……?
私は、純一君の顔や、若葉さん、学校で私の面倒をよく見てくれる生徒たちや用務員のおじさんなどの顔を次々と思い浮かべた。しかし、私を持ち上げたのは、私の全く知らない顔だった。彼らの顔立ちは、私が知っている高校生のそれよりも少し幼いものだった。男女の区別が私にもようやく付き始めていたが、男の子のようだった。
高校生より幼そうと言っても、それなりに体つきも大きい男の子が3人。3人とも、色は違うけれど、半袖のTシャツにジーンズという服装だった。私は、彼らのにやにや笑いが恐ろしくなって、慌てて逃げようともがいたが、彼らが放すことはなかった。
何やらヒソヒソと内緒話をしているが私には聞こえなかった。そして、すぐに何やら面白いことを思いついたようだった。しかし、それが私にとっては全然面白くないことであることは明らかだったので、私は、さらに逃れようとジタバタと身体をよじったものの、それは全くの徒労に終わった。
私は、そのままどこかに連れて行かれようとしていた。
連れて行かれた先は、住宅街の中に造られた小さな公園だった。神社も見えなかいし、丘の上にもないし、午前中に、純一君が言っていた公園ではなさそうだった。
彼らは、砂場を見つけると、そこで遊んでいた子供らを威嚇して追い散らすと、靴の踵でがりがりと穴を掘った。穴が深くなってくるに従って、私は彼らが何をしようとしているのかに気付いて「ひっ!」と恐怖のあまり声を上げた。
そして、予想通りのことが起こる。
私は押さえつられて、砂場の砂の中に首だけが地面の上に出た状態で埋められてしまう。さらに簡単に逃げられないようにガシガシと靴で砂場を踏み固められた。
本当に身動きができない。私は冷や汗をかきながらニャーニャーと泣いて助けを求めたが、誰も助けてはくれなかった。周りに、まったく誰もいないわけではないが、誰もが見て見ぬふりだった。
どうしよう……。
あるいは、人の言葉で怒鳴りつけてやれば、少しは怯むかもしれないけれど、今よりさらに面白くない状況になることは間違いない。結局は、とにかく助けを求めて鳴き続けるより他に手はなかった。
その私の右の頬を何かが掠≪かす≫っていった
3人の男の子が、私に向かって石を投げ始めたのだ。
「ああ! 惜しい!」
一番最初に石を投げた、一番体の大きい赤い服の男が、叫んだ。その顔は心底楽しそうだ。私はちっとも楽しくないのに。
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『雪の残り』の感想