雪の残り【12】


  

  今私の目の前にある代物は、あの時見せてもらった望遠鏡よりもバカでかく、妙な突起なども付いている。三脚が付いているのは、あまりにも大きすぎて持ち切れないからだろうか?

 

「……これで、何を見るの?」

 

「星を見るんだよ」

 

 そう言って純一君がパンパンと天体望遠鏡をはたいた途端、うっすら積もっていた埃が舞いあがり、2人――1人と1匹――して咳き込み、慌てて後ずさった。

 

「せっかくの夏休みを遊んで過ごすのもいいけれど、せっかく天文部に所属しているんだしね。部自体はほとんど活動らしい活動をしていなくて帰宅部同然だし、所属している部員も皆幽霊部員ばかりとはいえ……僕1人でも夏休みの間に何かをしてみたくなってさ」

 

 右手で口と鼻を押さえ、左手で誇りを払いながら、くぐもった声で純一君は言う。

 

 それから、雑多なものが置かれて整理という言葉とは無縁なカオスな状態と化している部室の奥や、ついさっき天体望遠鏡とか他の器具が入った段ボールなどが置かれた廊下の目につくところの窓を片っ端から開けて回る。何かする前に、まず部室の掃除だよね、と私は思った。

 

「ここに、大勝橋って少し大きい橋があるだろ? ここの橋を渡ってそのまま郊外に向かう道をそのまま西に向かって行くと丘陵があるんだ。その途中に、用水地があって、さらにそのまま上にいくと、ちょっと大きな神社がある。神社に上がる階段の脇が公園になっていて、天体観測するのに、そう悪くない場所……だと思う」

 

 地元の地図を廊下に広げながら純一君が解説してくれるけれど、私は学校の外の地理はほとんど分からないのだ。

 

「若葉さんも誘うの?」

 

「夏休み中も若葉は練習だってさ。そりゃぁ……誘ってみようかとは思っているけれど」

 

 純一君が「変なことを聞くな」と私の頭をはたこうと手を上げたけれど、そう来ることは読んでいたので、ひょいとかわして空振りさせた。

 

「でも、毎晩大変だね?」

 

「夜じゃないよ。これが、太陽投影版。太陽の観測に挑戦してみようと思うんだ」

 

「太陽?」

 

 私たちがいるところの窓からは、青空や雲は見えても、太陽は見えない位置にあった。太陽はあまりに眩しくて、とても直視はできないし、あんなものを見てみようなんて、やっぱり純一君は……人間は変わっている。

 

「太陽って、どうなっているの?」

 

「燃えているんだよ」

 

「ふ~ん。でっかい焚き火みたいなもん?」

 

 純一君は苦笑いして見せ、「今度見せてやるよ」と言う。どうも、相当に的外れなことを言ってしまったらしい。人間が知っている世界の広さと私が知っている世界の広さは、桁が違うらしい。

 

 私は、太陽までかなり離れているみたいだけれど、せいぜいこの学校の敷地の端っこから端っこよりちょっと長いくらいだと思っていたし、これから先も思い続けるのだから。

 

 現実には地球と太陽の距離は約150,000,000 kmにもなる。これは、1秒間に地球を7回り半(約300,000km)進む光の速さをもってしても、8分20秒もかかるほどの距離である。この事実は、人間の高校生なら誰でも知っていることであり、同時に、私が死ぬまで知ることのない――おそらく考えることすらないであろう事実である。

 

 人間は、よく人間のことを指して「ちっぽけな存在」「卑小な存在」と自嘲気味に語る。しかし、地球規模、宇宙規模で物事を考えられる人間の、何がちっぽけで卑小な存在だろうか?

 

「やっぱり、結構重いな」

 

 両手で望遠鏡の部分を抱えたり、三脚を持ったり、色々持ち方を試しながら純一君がぼやいた。

 

 私は、再び天井を見上げ、この上にある場所に気付いて、私は提案してみた。

 

「高校の屋上でやったら? 太陽が見えたらいいんでしょう?」

 

「うちの学校は夏休み中は屋上を閉鎖するんだよ。学校の敷地の中でやるのもなんだかな……と思うし、うちのマンションの屋上も最初から立ち入り禁止だし。それに、神社の近所に住んでいる家がうちの親戚筋なんだよ。その家に、観測機材を置かせてもらえる約束を取り付けてあるし」

 

 と、あっさり却下されてしまう。

 

 

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