雪の残り【11】


  

  仰向けになった純一君がごほごほと咳き込んだ。ひっくり返った純一君を見下ろして孝樹君が声をかけた。 

 

「おいおい……体育で柔道は必須だろ? 受け身の取り方くらいは覚えておけよ」 

 

「い……てて」 

 

 仰向けになったままで、純一君は孝樹君の方に顔だけ向けた。 

 

「なぁ。どうして、お前、若……藤崎にあんなに冷たく当たるんだよ? 幼馴染、なんだろ?」 

 

 孝樹君は純一君を見下ろしているから、私からは頭の上しか見えず、どんな表情をしているかは分からなかったけれど、何を言っているのかは聞き取れた。 

 

「人の顔を見て吐き気を覚えたことはあるか?」 

 

 孝樹君は抑揚のない声でそう言った。 

 

「狭い町だから、若葉が同じ高校に通うことは入学する前から知っていたよ。話をすることもなくなって何年も経っていたからな。俺の方もあるいは、って思っていた。昔のわだかまりを捨てられるんじゃないかってな。でもダメだった。……“あの頃”のことを思い出したら腸が煮えくりかえりそうになる。“あの頃”のことは忘れましたって顔で接されると、苛立ちで脳の血管が切れるんじゃないかとさえ思う」 

 

「一体、何があったって言うんだよ」 

 

「……さぁな。お前には関係ない」 

 

 孝樹君は儀礼的に「起きれるか?」と聞いて、仰向けのままの純一君の「平気だ」という言葉を聞くと、くるっと背中を向けて中庭から立ち去って行った。 

 

 その言葉は強がりだったのか、孝樹君がいなくなっても、純一君は仰向けになったままで立ち上がろうとしなかった。

 

 孝樹君がいなくなったのを確かめると、私はシュタタ、と木の上から駆け降りて、仰向けになったまま起き上がるとしない純一君のもとへ駆け寄った。

 

 私が、ぺろぺろと彼の頬を舐めたら、純一君の右手が私の首の裏を掴んで持ち上げた。私は純一君の顔の上でゆらゆらとぶら下げられた。

 

 こうしてみると疲れたような顔はしているけれど、目つきはしっかりしているし、

 

 「見ていたのか……」

 

 と発した声もはっきりしている。そんなに大した痛手を受けたわけではなさそうでほっとした。

 

「怪我はない?」

 

「多分。そんなに痛くなかったし……」

 

 純一君は、私を地面の上に置くと、小さく舌打ちをしてから言った。

 

「何であいつ……あんなに辛そうな顔をしなけりゃならないんだ? あれじゃまるで、僕の方が悪者みたいじゃないか……」

 

*     *     *

 

 翌日は土曜日で学校は休みなので、登校してくる生徒の数は少ない。とはいえ、活動している部活動も多いので、それでも多くの生徒が来ている。大本の生徒数が多いので、校内にいるのが全生徒の何割かだとしても、相当の数だ。迂闊にグランドに近付いたりすると、飛んでくるボールが当たったりしかねないので、グラウンドをはじめとして、運動をしているところにはあまり近寄らないようにしていた。

 

 私が、開け放たれた生徒用入口の1つ(生徒数が多くて校舎も広いために生徒用の出入り口が5つか6つくらいある)から校舎の中に入ったのは、見覚えのある顔を見つけたからだ。

 

 私は、その顔を探して校舎内を徘徊し、4階の一室の前で、ようやく発見した。

 

「純一君!」

 

 と私は声を上げたら思った以上に響いたのにびっくりして慌てて前足で口を押さえた。

 

「……残雪か」

 

 純一君も私のことに気付いて、きょろきょろと辺りを見回した。それからしゃがみこんで、自分の口元に人差し指を立てると、

 

「大きな声を出しちゃだめだ。誰に聞かれているかわからないだろ」

 

 と声を潜めて私に注意する。

 

 私は、両手で口を押さえたまま、こくこくと何度も頷いた。

 

「ここは、天文部の部室なんだ。……誰も使っていないから、埃が溜まっているけれど、高校生が使いこなせる程度には観測機器も揃ってる」

 

 そう言いながら純一君が出してきたのは、これも埃で汚れた太く長い筒だった。「これは天体望遠鏡だよ」と純一君が説明した。望遠鏡は昔覗かせてもらったことがある。遠くのものが近くに見える、まことに不思議なものだった。

 

 

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