逆差別


 就業時間が終わった後の、ある有名な化粧品会社のオフィスで、2人の男性が話していた。1人は企画部の部長で、もう1人は、今年の4月に採用されたばかりの新人だった。

 

「へぇ! 君が10年前のあの商品を知っているとは驚きだな」

 

 勤続20年のこの部長は、少し驚いたように言った。化粧品業界に限らず、あらゆる業種で数え切れないほどの新商品が生まれて発売されるが、その中で生き残っていけるのはごくごく一握り。ほとんどの商品はさしたるヒットを飛ばすこともなく、大抵は在庫の山を抱えて世間の記憶の片隅にも残ることなく消えていく。

 

 この新人君が話題に上げた商品は、今でもごくたまに話題に上ることがあり、今でも再販を希望する声は根強い。なので、この新人君が名前だけなら知っていても不思議はないが、10年前と言えば、この新人君は小学生か中学生。あの商品とは無縁の世代だったはずだ。

 

「いえ……父が愛用者だったんです」

 

 新人君はそう言った。

 

「若いころから悩んでいたそうで、販売中止になった時には大いに落胆したと聞きます」

 

「そうか……それは申し訳ないことをしたと、お伝えしてくれ」

 

 部長は腕組みをして、天井を見上げ、あのころを懐かしむような遠い目をして言った。

 

「あの商品は、わが社が総力を結集して商品化したもので、当時も今も巷にあふれている類似商品には及びもしないほどの効果があったんだ。統計では、99.98%の人が効果を実感するほどの効果があった。誰もが、あの商品を欲しがり、どんどん売れて、工場が限界まで稼働しても注文に追い付かないほどになった」

 

「そんなすごい商品が、どうして販売停止になったんですか? 副作用があったとか?」

 

「副作用などなかった。ところが、大きな問題があったんだ」

 

「問題と言いますと」

 

「99.98%の人に効果があるということは、0.02%……10000人に2人くらいの割合で効果が出ないということだ。そうなれば、世間からは“あの問題”がなくなったことによって、あの問題をもっている一部の人たちが差別されるようになった」

 

「しかし……」

 

「それで、人権団体が抗議してきたんだ。……この0.02%の人に対する差別が起きているから、商品の発売を中止するように……ってね」

 

「……それこそ、逆差別ではないですか」

 

「仕方ないさ。かつて、我が国の国民がハンセン氏病の患者をどのように扱っていたかは知っているだろう? 人っていうのは少数派の人間に対して、ましてや外見上にはっきりと違いが表れている相手に対して、驚くほどの残酷性を発揮するものだからな。わが社の商品のおかげで、99.98%の人にとっては、大昔から悩まされてきたあの悩みから解放される代わりに、効果がなかった人には新しい差別が生まれたとしても、不思議はない」

 

「しかし、それでは、悩みから解放された99.98%の人たちはどうなるのですか?」

 

「もちろん、当時の社内では0.02%の人間のことなど放っておけばいいという意見も、効果を落として再販売するべきという意見もあったんだがな……結局、事態を放置したり、効果を落としたりしたら我が社のイメージが悪くなるという理由で、販売停止に踏み切ったんだ」

 

「そうだったのですか……残念です」

 

 新人君はちょっと気にしたように頭に手をやった。

 

「だから君も覚えておきたまえ。たとえ技術的には可能でも、社会のあり方を変えてしまうような企画をするときは、ただ、ひたすらに多くの人に効果が出ればいいというものではないということをね」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 新人君は納得したように頷いた。

 

「しかし……本当にもったいない話です。世界中の人を禿げの悩みから解放するというコンセプトで作られた増毛剤が、解放されなかった人たちのために販売できなくなってしまうなんて……」

   

《fin》

 

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