俺の何代か前の先祖は英雄であったらしい。竜王から世界を守るために戦った4人の英雄の一人。黒い鎧を着込んでいたために「黒の英雄」と呼ぶ。他に「赤い英雄」「白い英雄」「金色の英雄」とおり、それぞれの色の鎧を纏っていたらしい。
竜王との戦いが終わった後、4人の英雄はそれぞれ故郷に戻っていった。150年ほど昔の話だ。せっかく世界を護るような功績を挙げたのなら、王都での栄職や、どこかの土地でももらって領主になるなりすればよいのにと思うが、わずかな恩賞ーー本当は王様からもっともらえるはずだったのだが、国の復興のために使ってくれと突き返したらしいーーをもらい、引っ込んでしまった。
もともと下級貴族の家系にすぎなかった我が先祖「黒の英雄」は、故郷に戻って幼なじみと結婚して、地方官吏をしながら近所の子供たちに勉学や武芸を教える生涯を送ったらしい。
それが悪いとは言わないが、そのせいで俺は生まれたときから貧乏暮らしだった。その上、このご先祖様は、常々こんな言葉を残していたらしい。
「竜王を私たちは倒すことができた。しかし、それによって悪の芽が絶たれたとは思わない。いつか、第二、第三の竜王が現れることだろう。しかし、心配には及ばない。私のーー私たち4人の血を引く者が必ずや立ち上がり、悪を滅ぼすだろう。その時まで、私の鎧と武器を、大切に保管しておいてくれ」
そのせいで、俺は周りから、いつか戦いにいく英雄の末裔として見られていた。
「全く持って不満だ」
事あるごとに俺はそう言っていた。
「自分の生き方と人生を、先祖に決められたんじゃ、たまったもんじゃない」
英雄の末裔と知って握手を求めてくる女の子に、
「俺は俺さ。ご先祖様なんか、関係ねぇ」
と、ニヒルに笑って見せるのもよくあることだった。
「今は偉大な先祖の足元にも及ばないけれど、俺は俺の道を歩んで、その上で偉大な英雄を追い越してみせるさ」
そう胸を張る俺を、周囲は羨望の眼差しで見ていた。
* * *
俺が17歳になったばかりの夏のある日、予言は現実となった。
竜王の子孫を名乗る者が、「我は竜王よりも偉大な竜魔王である」
と宣言し、魔物の軍団を率いて王国に宣戦布告してきたのだ。
周囲の者たちが期待の目を向けてくるのを、俺はヒシヒシと感じていた。
皆が思っているはずだ。
この国にいかな危難が降りかかろうと、偉大な英雄の子孫が何とかしてくれるはずだ、と。
世界の命運は俺の双肩にかかっているのだ。
俺は母に「黒の英雄の鎧と武器を用意してくれ」と言った。しかしその返答は意外なものだった。
「ないよ、あれはとっくにジーニアスに渡してしまったから」
ジーニアスは、俺の10歳年上の遠い親戚である。
王都の中央大学を首席で卒業し、剣の腕にも優れた俊英で、人望も厚く、今は国王陛下直属の騎士団で騎士団長をしているにいる、とは聞いていたが、ここ5年ほどは多忙らしく顔もあわせていなかった。
「何年か前、一族で会議して、もしも何かが起こったら、黒の英雄はジーニアスに継いでもらおうと言うことになったんだよ」
そんなことを一言も聞かされていなかった俺は大いにうろたえた。
「そんなバカな! 直系の俺がいるのに……」
「あんた、いっつも、先祖が英雄だからって自分もそれに縛られたくない、って言っていたじゃないの」
「そ……それは」
「第一、英雄の子孫って事以外、何の取り柄もないアンタに、どうして黒の英雄なんて大役が回ってくると思ったんだい? 系統が少ない白の英雄ならとにかく、黒の英雄は子沢山で、親戚筋に十代後半から三十歳くらいまででもアンタを入れて35人もいるんだから、その中で一番有能なジーニアスに話が行くのは当然だろ?」
呆れたような母親の言葉に、俺はがっくりと膝をついた。ぐうの音も出ないとはこのことだ。
「それとも何かい? アンタは、血統だけ良ければ、剣の修行も、魔法の修練も積まない人間が、ある日突然英雄になれるとでも思っていたのかい? 」
さらに追い打ちをかける母に返す言葉もなく、俺はすごすごと退散した。
ジーニアスはきっと他の英雄の子孫とともに、竜魔王を滅ぼすだろう。どこかで繰り広げられているであろう戦いを思い、俺は涙する。
・・・・・・俺は、明日から何を拠り所にして生きていけばよいのだろうか。
≪fin≫
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