男女の友情


 男女の友情は成立しない、なんて言ったのは誰だろう? いや、どんな人間なんだろう? どうせ、女とろくに話したこともない素人童貞か、男と見ればセックスが上手いかどうかしか興味のないビッチに決まっている。

 

 少なくとも、私と昇の関係は、友情――いや、親友同士の関係に近かったと思う。それは、彼氏彼女の関係でいるよりも、はるかに深いところでつながっている感情だ――と私は思っていた。

 

 私と昇は、いわゆる幼馴染。近所で生まれ育っただけではなく母親同士が従妹で仲が良かったこともあって、小さい時から一緒に遊ぶことが多かった。互いの家に泊まることも、ごくごく当たり前のことだった。

 

 幼稚園、小学校、中学校と同じで、高校、大学は違う道に進んだが、お互いに就職して社会人3年目になった今でも週一かそれ以上のペースで一緒に飲む。

 

 中学生のころから惚れっぽい性格をしていた昇だったけれど、高校に上がってから急激に加速したように思う。私は、同年代の女性としては人並に経験をつんだと思うけれど、昇は私の10倍――は言いすぎだとしても、相当数の女性と付き合っていた。私が昇の恋の橋渡し役をしたこともある。昇からアドバイスを求められたこともあるし女としての視点からアドバイスを返したこともあった。別れたら昇はなぜか私に必ず報告した。笑ってしまうことに、昇の女性遍歴を一番知っているのは私になってしまった。

 

 たまに、私が原因で別れたとビールを片手に冗談めいた口調で言われたことがある。彼女が私と昇との仲を誤解した結果らしい。そんなことを昇が口にすると、「私と昇の関係につまらない色眼鏡で見るような女とは別れて正解だよ。どうせ、一緒になったら束縛されまくるに決まっているんだから」と答えたように思う。実際そう思っていた。分からない方がおかしい、って。

 

 実を言うと、昇の元彼女から刺されかけたことさえある。昇は確かに背が高いし、まあよく見ればイケメンの部類に入るかもしれないし、それなりにレベルの高い大学を留年することなく卒業したから、それなりに頭もいい。だからと言って、刺すほど思いつめるような男か……というのが、ずっと近くで見てきた私の感想だった。もちろん、相手からはたっぷり慰謝料をいただいた。

 

 いずれにせよ、昇の惚れっぽい性格が治ることはないだろうと思っていた。昇が惚れては別れて、私に泣きついて来て私が慰めて。当たり前のように一緒に飲んで。それがこれから先も、ずっと続くものだと勝手に思っていた。それが私と昇の関係。恋愛でも、友情でもない、男女の特殊な友情関係。

 

 社会人になって4度目の春に近付いてきた頃。私の会社が休みの土曜日の夜。部屋でくつろいでいた私のところに昇からいつものように電話があった。携帯電話のディスプレイに表示された昇の名前を見て、(また別れたね……)と思いながら、人の悪い笑みを浮かべる。同僚には絶対に見せられない私の裏の顔。携帯を通話状態にした。

 

「もしもし……」と受話口の向こう側から聞こえてきた声を聞いて、何かいつもと雰囲気が違うと感じ、酷く嫌な予感がした。

 

「俺、今度結婚することにした」

 

「え?」

 

 意外な言葉だったが、それ以上に以外だったのは自分自身の反応。

 

「付き合ってた彼女が妊娠してさ。俺も仕事でもそれなりのことを任されるようになってきたし、そろそろ身を固めるのも悪くないかなって」それから昇はさらに予想外の言葉を続ける。「彼女に心配させたくないし、お前も俺とあんまり会っていたら婚期を逃しかねないしね。これからは、あんまり会えなくなるな」

 

「そ、そう。そうだよね」

 

 なぜだか私の喉がからからになって掠れた声しか出てこなかった。祝福の言葉も出てこなかった。「今急いでいるから」と逃げるように携帯電話を切った。電話がかかってくる前と後の部屋は何も変わっていないはずなのに、空気が重い。息苦しくて窒息しそうだ。携帯電話が私の手から離れてカーペットの上に落ちた。

 

 立ちつくした私の目から、なぜだか、つぅっと涙が頬を伝って落ちた。今になって気づくなんて。私はバカだ、と思った。

 

 

《fin》

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