歴史はこうして作られる


 西暦300年ごろ。中国は“しん”の時代。始皇帝が開いた秦の時代ではなくて、三国志演義でおなじみの後漢――通称三国時代の次。晋の時代。

 

 晋の宮廷の史書編さん役人たちのところに一つの問題が舞い込んできた。持ち込んできたのは若い下級官吏だった。

 

「聞かれましたか? 海の向こうの倭に、新しい王朝ができたとか」

 

「倭には多くの国が乱立していて、倭の平定を成せる国はまだ出てきていないと聞くが……」

 

「しかし、この新しき王朝……大和とか言うそうですが、その為政者は何と大和国王ではなく、天皇と名乗っているのだとか」

 

「何と! 我が中国皇帝しか名乗ることを許されぬ皇を名乗っているというのか! 何と不遜な!」

 

「どうやら我が皇帝陛下も相当にご立腹で、船を集めよ、兵を集めよ、武器を集めよ。我が先頭に立ち大和の王の首を取ってくれようと息巻いておられるとか」

 

「だが、我が晋の王朝も、長年にわたる戦乱をようやく終えたばかり。とてもではないが、海の向こうまで兵を出す余裕など……」

 

 その時入ってきたのは見るからに高い官位を持っていそうな冠と衣装と風格の一人の男。

 

「残念ながら、その通りだ」

 

「これは宰相どの。このようなところに何のご用でしょう?」

 

 慇懃に頭を下げながら最も年配で最も役職の高い役人が問う。

 

「ふむ。倭の国の大和の王が天皇を名乗っていることに、陛下は大変ご立腹されておられる。しかし、我が国に海の向こうに兵を送る余裕はない。そこで、大和が我が国に平伏していたと、後世の人間に思わせるように史書を改ざんしてしまえとのご命令だ」

 

「なるほど」

 

「では早速作業に取り掛かりましょう」

 

 役人たちは額を突き合わせて草案の取りまとめを始めた。

 

「晋は秦始元年(265年)に魏の元帝より皇帝陛下が禅譲され、建国された。ということは、魏に献貢したということは晋に献貢したというのと同じことと考えてよい。実際、これまでにも倭の小国が大陸の王朝に献貢したことはままあったわけだしな」

 

「しかし、魏の武皇帝(曹操)、文皇帝(曹丕)に献貢したというのでは却って箔がつくというものではありませんか? もう少し、どうでもいい皇帝の時代にしなければ……たとえば、斉王(曹芳)の時代では?」

 

「政務に関心を示さず色欲に耽り廃位させられ諡号すら与えられなかった三代皇帝か。これはよい」

 

「斉王の治世は景初三年(239年)から嘉平六年(254年)でした。即位直後の景初三年から正始四年(244年)ごろがちょうどよいかと」

 

「ふむふむ……では、大和の前身の国はどのようにするかな」

 

「そのままヤマト国でよいのでは?」

 

「文字はどんな字をあてるか……『邪馬臺国』……こんなところでよかろう」

 

「……なるほど、なるほど。では、そうすると邪馬臺国の王をどのような人物にするかが難問ですな。こちらも、酒と女に溺れる愚昧な小人物に?」

 

「いや、大和王朝の前身である以上、それなりに力があり、いくつもの国を束ねた人間にしなければ……。そういえば、倭の神話の最高神は女神であったとか聞くが?」

 

「倭の神話は詳しくありませんが、確か天照大神……とか」

 

「では、邪馬臺国は女王が統治したことにすればよい。これを読んだ後世の人間は、倭の最高神が皇帝陛下に平伏したと思うことだろう」

 

「女王としますと、巫女や祈祷師という設定が一番しっくりくるのでは? 呂太合のように国を私物化した悪女も面白いですが」

 

「あまりその辺の設定に凝ると、後々、整合がつかなくなるぞ。しかし、そうすると……名は日の巫女と言ったところか……。名前の当て字に侮蔑的な文字を使うのを忘れるなよ」

 

「日は卑しいという文字を当てましょう」

 

「ふむ……では、もっと細部にわたる設定を……」 

 

 かくして、白熱した議論は昼夜を選ばず長い時間をかけてその後も続き、出来上がった邪馬臺国に関する文書は上奏され、さらに晋の史書の中に取り入れられることになった。これで後世の人間は、天皇の祖先が中国皇帝から下賜を受けたと思いこむことだろう。彼らは満悦していた。 

 

 ところが……。

 

「大変です! 大変な間違いがありました」

 

「一体何を間違えたというのだ!」

 

「邪馬臺国へ至る道筋を、現在の単位で書いてしまいました。魏の時代の単位で読んだら、邪馬臺国は海の底に沈んでしまいます!」

 

 

≪fin≫

  

注) ここに書いてあることは一切合財何もかもフィクションです。現在・過去のあらゆる国、地名、人名等まったくもって関係ありません。

 

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